第71話 得手不得手

「お待たせしました。コーヒーです」


 木島さんがドリンクを運んでいくとおれがオーダーを取った時よりお客さんは気持ち機嫌良さそうにそれを眺めている。


 うむうむ分かるぞ。むさいオッサンが持って来たコーヒーより二割増しで美味しそうに見えている事だろう。


「OK、バッチリだね」

「零さないか緊張しました」


 木目の美しいお盆をエプロンの前に抱えて戻って来た木島さんに声を掛ける。


 お盆は時々マスターがオリーブオイルで磨いたりしてたからきっとこれもお気に入りのアイテムなんだろう。所々に削れたような傷もあるけど使っていれば当然だ。それでも手入れを怠らないところに深い愛着が感じられる。


 エプロンはマスターが使っていたのが何枚も有ったのでそのうちの一枚を使ってもらった。カーキ色の生成りの生地で可愛いポイントなど一つも無いが女性が着けているだけで可愛く見えるのは不思議なものだ。まあモデルがいいんだろうけど。


「調理も見てみる?」

「はい」


 厨房は二人で立つとちょっと狭いかも。家のキッチンよりはずっと広いのだが冷蔵庫は業務用でデカいし食材や食器用の棚も多い。二人で調理するならちょっとしたコンビネーションが要求されそうだ。


 まずは切り込みを入れたパンをオーブンに入れてフライパンにお湯を浅く張ってその中にソーセージを投入しコンロに載せる。もう一つのフライパンには油を引いて刻んだ玉葱ベーコン、スライスしたマッシュルームを炒める。ソーセージをひっくり返しながら玉葱に熱が入ったところでトマトソースの水分を少し飛ばしてからご飯を投入。この辺の手際もだいぶ慣れてきた。


 配膳用のオーク材の四角いトレイにサラダとスープ、お皿をセットしてケチャップライスを盛ったらトロトロ卵を乗せハヤシソースを掛けたら完成だ。


 ソーセージも程よい焦げが付いてから温まったパンに挟んで包装紙にセットしてザワークラウトを添えたら完成。もちろんピカピカのカスターラックも忘れません。


「はい完成。じゃあこれも配膳お願いしちゃおうかな。ああ、一つずつで大丈夫だから。慌てないでいいよ」

「…はい」


 一瞬の間を置いてハッとしたように返事が返ってきた。ん?何か変だったかな。


「おー来た来た。美味そー」


 フロアからはそんな声が聞こえてくる。


「どう?簡単でしょ。次やってみる?」


 道具を洗っているところに戻って来た木島さんに何気なく洗ったフライパンを吊るしながら声を掛けた。


「えっ!無理ですよ!」


 ビックリしたように慌てた素振りで否定された。


「私とてもあんな風にできません。昔から料理が苦手で何度か挑戦したんですけど真面に出来た事が無くて…」


 段々と小さくなる声で恥ずかしそうに答える。


 えっ、一人暮らししてたんだよね?オムライスなんて定番でしょ。ホットドッグに至っては焼いて挟むだけだし。


「ひょっとして料理、苦手?」


「はい。ちゃんとレシピ通りに作ってるはずなのに全然ダメなんです。あんなにスイスイと簡単そうにやってるの見ると手を出すと逆に足引っ張っちゃいそうで手伝いも難しそうです」


「食事はどうしてたの?」


「大体外食です。家で食べるのも出来合いの総菜とかお弁当で十分だったんです。実はお母さんにも何度も教わってるんですけど『あんたはホカ弁でも食べてなさい』って呆れられちゃってて…」


 ちょっと申し訳なさそうに顔を赤らめ俯く。

 何?オッサン落としに来てるの?俺、狙われてるの?


 そんな事はある訳ないのだが変に勘違いしそうなのでなるべく控えてもらいたいものだ。


 都会での暮らしではそんなに珍しくも無いのだろう。昼はもちろん夜中だろうが時間を気にせずやってる店はいくらでもある。一人分の料理の為に材料を準備して手間をかけて作るより幾許かの金を払えば好みの同じ味が楽しめるのだ。そんな生活もありだろう。真っ暗な夜道を車で移動しなければコンビニにすら辿り着けない田舎とは違って当然だ。


「ああ、気にしないでいいよ。調理は基本俺がやるから大丈夫。今のは冗談で言ってみただけだから」


「お役に立てなくてすいません」


「気にしない気にしない。誰でも苦手はあるんだからさ。でもやってみたいと思ったらいつでも言ってね。賄いとかだったらいつでも大歓迎だから」


「はい。ありがとうございます」


 何でもできるスーパーマンがゴロゴロいる訳がない。

 得手不得手はあって当然。

 出来る事をしっかりとやって、できない事はてきる人に任せればいい。それこそが人が群れで生活する意味でしょう。

 出来ない事を恥ずかしがるより出来る事を頑張るほうがよっぽど建設的だ。

 餅は餅屋なのである。

 俺としては完璧超人でなくてちょっとホッとするくらいだ。


『得意なものが勉強だっただけ』と言っていた弦さんの言葉を思い出し家の中で何をやらかしたんだろうとちょっと微笑ましい気分になった。得意な事があるだけで十分凄い事なんだけどね。


 申し訳なさそうに頭を下げる木島さんの姿はやっぱり可愛かった。(セクハラ?)





  


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