第69話 顧問?
昨日、新しく仲間入りしたコーヒーメーカを布巾で磨く。古い物も独特の雰囲気を纏い良いのだが新しい物もそれはそれで目新しくていい感じだ。傷もないピカピカのステンレスは美しい。ヘアライン加工だけど。さて、今日は出番はあるかな。
『カランコロン』
「いらっしゃいませ」
ドアベルの音に振り向いてだいぶ言い慣れてきた来客を迎える台詞が自然と口を突く。
「おはようさん。相変わらず暇そうだな」
そう言って入口に立ちニヤリと口角を上げるのは弦さんだった。
「ああ、弦さん。いらっしゃい。早いけどもうお昼ですか?」
時計はまだ十一時前だ。
「ああ飯も食うが忍の礼をな。どうだ役にたちそうか?」
「私でも何とかなってたんですからきっと問題ありませんよ。それより履歴書が立派過ぎてこっちが恐縮しちゃいますよ。お孫さん優秀なんですね」
「
身内という事もあるんだろうけど中々手厳しい評価だ。
でもどんな事でも秀でるのは立派な才能だしそのために努力もしたんだろう。努力が全て報われる訳じゃないけど結果が残せるのは努力した人だと思う。それでいてそんな人たちは努力を努力と感じなかったりもする。
何故そんな傍から見れば苦行の様な事が出来るのだろうと不思議でもあったのだが最近になって少しわかった事がある。
その理由は単純。好きな事だから。
得意だから好きになったのか、好きだから得意になったのかは分からないけど好きであることに間違いはないと思う。
『好きこそものの上手なりけれ』
昔の人は良く分かってらっしゃる。利休さん凄い。
俺も三十を超えてそれくらいは身に染みて感じるようになった。
でも俺みたいに『下手の横好き』なんて事もあるから注意、注意。
「こき使うほどお客さんが来てくれればいいですけどね。明日はお試しで朝から入ってもらう事にしたんですよ。聞いてます?」
「ああ、昨夜聞いた。確かにこの客入りじゃあぼーっと立ってるだけで終わりそうだな。くくく」
そんな会話を交わしながら弦さんはいつもの席に腰を下ろす。
「笑い事じゃないんですけど。せっかくマスターの娘さん説得して許可もらったんですから仕事が無ければ直ぐにお断りしなきゃならなくなっちゃいますからね」
お冷を運びながら常連さんへの安心感からつい本音が零れる。
「そりゃかなわんな。忍もせっかく外に出る気になったんだ。少しは続けてもらわんとな」
「そうだ、ちょっと感想聞かせてもらえませんか。コーヒーメーカー新しく入れて貰ったんですよ」
「おう、兄ちゃんの驕りなら協力するぞ」
「こっちがお願いしてるのにお金はいただけませんよ」
了承が得られたところで早速コーヒーを淹れる。
「ふむ。香りは変わらんなぁ。ただ味は少し薄い気がするかな。だが文句を言うほどの差はないんじゃないか」
「ですよね。それでこれ暫くこの味と香りのまま保温できるんですよ。流石に一時間経つとちょっと温くなって香りも落ちちゃいますけど三十分くらいなら淹れたてと変わらないんですよ。凄いですよね」
昨日は二十分ごとにお代わりを繰り返し腹をタポタポにしながら頑張りました。
ちゃっかり淹れた今日の一杯目を飲みながら説明する。
「ほう。だがワシはいつもの方が好みだな。しっかりとした深みとまろやかさがある」
「まあコイツは混んだ時の緊急手段なんで普段は今まで通りに淹れますから安心してください。じゃあ弦さんの合格も貰った事で本採用決定ですね」
「おいおい、真さんの意見ならともかくワシはただの客だぞ。そんなので決めていいのか?」
「今はマスターに聞けないじゃないですか。マスターの味に一番親しんでいそうな弦さんの意見なら十分意味がありますよ。助っ人も紹介してもらった事だし、まあ私にとっては顧問か相談役とでもいった所ですかね」
「ははは、勝手に役職を付けるな。なら役員報酬をはずんでもらおうか。今日の昼飯はナポリタンにソーセージを一本付けてもらうか」
「了解です」
破顔した弦さんの注文に応えるための俺も笑いながら厨房へと入った。
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