第68話 新兵器
時計の針も14時を回り客足も途絶えて一段落。
オッサンライダーのお陰なのか昼だけで12人もお客さんが来た。マーベラス。
片づけを終えてから軽く仕込みを済ませて自分用に濃い目のコーヒーを淹れてから煙草に火を着ける。
何も考えずカウンターのスツールに座り立ち昇る紫煙を眺めているとジャリジャリと駐車場の小石を踏む音に視線を向けると一台の白いワンボックスが駐車場に入ってきた。
車から降りてきたのは派手な色のYシャツのお兄ちゃん。髪の毛も明るめの茶色で見るからに陽キャっぽい。
珍しい時間に珍しいお客さんだと煙草を灰皿に押し付けて腰を上げると元気な声で挨拶された。
「高梨什器です。ご注文の品お持ちしましたー」
俺がキョトンとしていると手に持った伝票を見直してから
「えーと、ここブリーゼさんですよね?コーヒーメーカー配達の注文入ってるんですけど間違いありません?」
おお、もう来たのか。三音里ちゃんのお母さんが手配してくれたやつだ。
「あ、うん、ウチで間違いないよ。ありがとう。モノは大きいの?」
何がいつ来るのかも知らない緩さ。いいのかこれで?
「家庭用をちょっと大きくしたぐらいですから場所は取りませんよ。配管も必要ないですからコンセントさえあればどこでも置けます。じゃあ実機持ってきますね」
笑顔でそう言うと小走りで車へと戻っていく。その後ろ姿を見ながら元気いいお兄ちゃんだなーと感心したりする。俺もあれくらい明るければ外回りの営業も仕事の選択肢に入っていたかもしれない。知らない人と気軽に話せるのって才能だよね。ちょっと羨ましい。
おっと、設置場所を確保せねばと仮置きしていた我が家のコーヒーメーカーを片付けてカウンター裏の小さなシンクの横に場所を作る。
新兵器は意外と小さな箱に入ってやって来た。
カウンターの上でいざ御開帳。
大きさは家から持って来た安物と大差はないが本体の一部やサーバーがヘアラインのステンレスで見た目がかなりカッコいいぞ。
もっとメカメカしいのが来るかと思ったら意外と普通だ。スイッチも電源だけ。まあ、豆は手挽きだしエスプレッソだのカプチーノだのと凝った物も必要ないからこれで十分なんだろう。
一度に淹れられるのは五杯分。ありきたりのペーパーフィルターに粉をセットするだけだから使い方は単純だ。難しい手入れも必要ないそうだ。
元気のいい営業さんの説明によればコイツの売りは水の温度が90℃になるまではお湯が出ないので雑味が少なく香りがいいらしい。そしてやっぱりステンレスの保温サーバー。三十分程度なら煮詰まる事も無く淹れたての味が楽しめるそうだ。そのステンレス保温サーバーも予備を頼んでくれていたので十杯分迄ストックできる。
「請求は株式会社ルミエさん宛になってるみたいですから受け取りのサインだけお願いします」
これも向こうの経費で落としてくれるのかな?
せっかくだから味見を兼ねてコーヒーを淹れるよと言ったんだけどこの後にも納品があるらしく慌ただしく帰って行った。
仕方がないので独り寂しくコーヒーメーカーを使ってみる。さっき淹れたコーヒーと比べられていいかな。
使う時は五杯分作るだろうからテストも五杯分で実施する。本体の小窓の5の線まで給水してから専用の計量スプーンで挽きたてのコーヒー豆をフィルターにセット。五杯分と思って挽いた豆は少し余った。後は電源スイッチを入れて待つだけだ。
サイフォン式はお湯が上がったらゆっくりかき混ぜてお湯と粉を馴染ませたりしなくちゃいけないから淹れる時はほぼ付きっ切りになってしまうのだがそれがないだけでもかなりの効率化だろう。
コーヒーが落ちるのが見えないから電源を切るタイミングが分からなと思ってたら勝手に切れた。良く出来てます。所要時間は五分強といったところか。これで一万円しないらしいので味が良ければ自分用に買ってもいいかも。
お湯で温めたカップにステンレスサーバーからコーヒーを注ぐ。立ち昇る湯気に鼻を近づけるといつもの香ばしい匂いは問題なさそうだ。
そして一口。うん、美味しい。これなら十分使えそうだ。でもいつものよりちょっと薄い気がする。豆の量は付属の計量スプーンじゃなくて今まで使ってた物の方が良さそうだ。
後始末も簡単。フィルターケースが取り外せるので中身をそのままゴミ箱へポイ。軽く水洗いすればすぐに次が淹れられる。ケースには残ったお湯が垂れないように弁が付いているのも便利だ。途中でポタポタとお漏らしする事がない。
これは良さそうだと満足して眺めているとふと気が付いた。
「あっ、あと四杯飲まなくちゃ」
いくら好きでも飲み過ぎだよな。
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