第64話 訪問客

 無事に10時前に店に着いたらパタパタと開店準備を済ませる。


 昨日は通常の閑古鳥モードだったので下拵えも余裕があるから店内を軽く掃除するだけだ。


 開店準備が終わったらお客さんが来るまで暇なんで仕入れた小物の整理。


 昨日、チマチマとシールを剝がしてからシンクに溜めた水に塩素系漂白剤を混ぜて浸けて置いたディスペンサーとステンレスラックを取り出し流水で流していく。


 洗い終わったら一組だけ布巾で水気を拭き取って残りは逆さにして水切りに放置。


 ちゃんと拭いた一組はケチャップとマスタードを入れて使い勝手のテストだ。


 うん、蓋の開閉も吐出量も問題ないね。切れも良くて目立った液垂れもない。これなら使えそうだ。


 パンチングメッシュのステンレスラックに粉チーズ、タバスコと一緒にセットしてみるとこれが目論見通りばっちり納まった。何処から見ても立派なカスターラックだ。これが浴室用品だとはお釈迦様でも気がつかめぇ。(古っ)


 専用品なら中央に持ち手が付いてるところだけど流用してるんで流石にそれは無い。まあフレーム直持ちしちゃえばいいだけだから全く気にしない。


 試しにテーブルに置いてみても全く違和感がない。これが経費三百円なんだから俺の勝ちだな。(何の勝負?)


 ニヤニヤと満足げにテーブルに置かれたピカピカのラックを眺めていると窓越しに駐車場に入ってくる一台のバイクが目に入った。


 振り返って壁の時計を見るとまだ11時前。ランチには早い時間だなと思いながら再び視線を駐車場に戻すとこちらに近づいてくるのでUターンではないらしい。


 そのバイクは一見するとオフロードタイプのデザインなのだがサイズ感がおかしい。その大きさはフルサイズバイクをデフォルメしたように小さいのだ。それもそのはずホイール径はたしか12インチだったかな。その昔に一世を風靡したミニバイクの生き残りだ。新型のモンキーがこのサイズだったような。


 かなり色褪せているがライムグリーンに黒のアクセントの車体は鵞鳥の隣に停まった。


 ナンバープレートが見えないから排気量までは分からないけどカワサキのKSRだ。白煙を吐き出してたから4ストの110じゃなくて2スト50のⅠか80のⅡ。ナンバープレートはきっとオイル染みで汚れている事だろう。


 また古い(楽しそうな)のを乗って来たなーとか自分の愛車の事などすっかり忘れカストラックを持ってカウンターの内側まで撤退してお客さんを迎える体制に移行する。


『カランコロン』


 聞きなれたドアベルの音と共に本日一人目のお客様のご来店だ。


「いらっしゃいませー。」


 カウンターの内側でお冷をグラスに注ぎ、顔を上げると明るい茶髪をショートボブに纏めた女性が入口で店内をキョロキョロと見回しながら中に入る気配もなく笑顔で立っていた。


「お好きな席へどうぞ。御覧の通り貸し切りですから」


 自虐も軽く交えて席を案内する。


「いえ、ここで面接して来いって言われてきたんですけど…」


 女性は身体の前で小さく手を振り乍らちょっと恥ずかしそうに答えた。


「面接?ここただの喫茶店だけど。誰に?」


「えっ?お爺ちゃんに」


「お爺ちゃん?」


「えーと、木島弦八って知ってますよね?」


「んー、あっ、ひょっとして弦さんの言ってたお孫さん?東京から帰って来たって言う」


 ちょっと考えて思い当たる記憶を漁ると弦八さんは一人しか知らないので思い付いたことを口に出してみる。 


「そうです、それです。私、今仕事してなくて人手が足りない店があるから週末だけでもバイトさせてもらったらどうだって言われて」


「はいはいはい、本当に来てくれたんだ。昨日の今日でもう来てくれたんですね。ありがとうございます。取り敢えず立ち話もアレだからそこの席にでも座ってください。コーヒーでも淹れますね」


「いえ、面接に来ただけですから」


「私が飲みたいんですよ。ついでだから」


 急に女性と二人で面接なんてこっちが緊張します。しかも十人中九人は美人と言いそうな容貌だ。全員が美人と言ってもいいのだろうが十人いれば一人くらいは個性的な好みの人が一人くらい混ざるものでしょ。


「すいません、ありがとうございます」


 そう言うと女性はペコリとお辞儀をして謎の一番人気席とは逆のテーブルにチョコンと腰を下ろした。


 ちょっと口籠る感じがあるけど初対面の面接ならこんな物だろう。何より活発な雰囲気を纏いナチュラルメイクで清潔感があるのは好印象だ。


 偉そうにそれっぽく言ってるけど雇い主の立場での採用面接の経験なんかないから俺の方が緊張してるかもしれん。(ヘタレMax)


「はい、どうぞ」


 テーブルにマスター厳選の豆を使ったコーヒーを置く。当然俺の分もある。


「ありがとうございます。いただきます」


 湯気の上がるカップを口へと運ぶと思わず感想が零れる。


「いい匂い。とっても美味しいです」


 すると彼女の顔からちょっとハニカミ気味に笑みがこぼれた。







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