第55話 兆し

 二人が帰った後は静かな時間が流れる。週末だからと閉店時間を二十時まで延ばしてみたのだが静かな闇をただ眺めるだけだった。うん、ちょっと寂しい。


 翌日の日曜は三組、七名の来店があったのだが朝から小雨の月曜は0。初のだった。


 だけど経営など気にする事のない期間限定の雇われ管理人なので気分は至って平穏。これ幸いと自分で淹れたコーヒーを飲みながらのんびりと読書に勤しんでいたことはナイショです。


 良く晴れた火曜日は三組で七名。うち一組は弦さんでした。


 それは何となくペースが掴めてきたかなと考え始めた水曜日だった。


 11時過ぎに駐車場に入って来たのは二台のバイク。


 鵞鳥の隣に並べる様に駐車してから入って来たのは予想に反して二十代と思しき女性二人だった。


 CB400SFとレブル250。教習車として慣れ親しんだ人も多くつい最近その長い歴史に終止符を打った名車と、そのスタイルと扱いやすさで人気の高い売れ筋の新型だ。


 CBは連綿と引き継がれてきた歴史のあるメーカーを象徴するようなブランドに対してレブルはその昔に同じ名前の車種があったのだが暫く間が空いているしエンジンも並列二気筒から単気筒に変わってモデルチェンジというよりほぼ別物だ。


 CBは教習所では体験しにくいハイパーVTECが作動するまで回転を上げれば2バルブが4バルブに切り替わりスポーツ走行も十分に楽しめるし、レブルはその独特なポジションで小柄な女性でも扱いやすくクォーターながら長距離も楽々熟す。


 エンジンフィールも両者ともいかにもホンダらしい滑らかなフィーリングで誰でも楽しめる良くできたバイクだ。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 なぜか一番人気の席に腰を下ろした二人の下へお冷を持っていくと、とっとと注文を決めてくれたようでそのままオーダーを受けた。


「えーと、ホットドッグセットを二つでお願いします。ドリンクはアイスコーヒーとコーラで」

「飲み物は先でいいですか?」

「はい」


 ドリンクをサーブしてから早速調理に取り掛かる。


 フライパンに一センチ程のお湯を入れてその中にソーセージをドボン。元々美味しいソーセージだから茹でても焼いても十分にいけるのだがここはマスター直伝でひと手間増やして茹でてから焼く。茹でるのはグラグラと煮立ったお湯に入れると皮がふやけちゃうのでじっくりと温める感じで。お湯が無くなったらちょっと火を弱めて転がしながら焼き色を付けていく。


 色が付いたら軽く焼いたパンにソーセージを挟んで皿に乗せ、ディスペンサーに入ったケチャップ、マスタードとガラス容器に入ったザワークラウト、カレーパウダーを揃えて完成だ。


「お待たせしました」


「うわっ美味しそう。写真通りだね」「大きいね。お昼これでいいんじゃない」


 そんな事を話しながら笑顔が零れる。


「そのままでも美味しいですけどザワークラウトとかこっちのパウダーを掛けるとまた一味違いますから味見してみて下さいね」


 食べ方の説明ついでに気になった事を聞いてみる。


「ツーリングですか?こんな道通るの珍しいですね」


「今日はホットドッグこれ食べに来たんです。SNSで写真見つけて美味しそうだなって。ツーリングにも行きたかったし丁度いいかと思って」


 ん、SNS?お客さんは平均年齢高めだからそんなのやって無さそうなんだが。


「これです」


 見せてもらったスマホの画面には確かにホットドッグが大写しの写真が。その下にはカレーとオムライスも。


 気になって投稿者を確認すると『さおりん』となっている。


 よく考えればホットドッグは彼女たちにしか出していないんだから他の人である訳がなかった。


 どうやら三音里ちゃんが『#ツーリンググルメ』のタグと『美味しいお店発見!』のコメントを付けて投稿してくれたようだ。ご丁寧に住所まで書いてある。


 そういえば随分と写真撮ってたもんな。


 少しでも売り上げが伸びるのはありがたい事だと他人事の様にのんきに考えていたのを直ぐに後悔することになるのだが、この時の神ならぬ身の俺にはそんな未来は全く想像すらできないのであった。









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