第54話 傍目八目
三音里ちゃんの話を聞く限りじゃ一か月コースか。こりゃ今年の秋キャンプはお預けだな。
俺のテントはスカートが無いから寒くなってくると厳しい。寝袋だってダウンたっぷりの高級品とはいかないので風邪ひくだけだな。店番暇だからブルーシートでも加工してみるかな。でも薪ストーブで遊んでみたいんだよなー。あっ、ここに本物あったわ。
「もう一回くらい一緒にキャンプに行きたかったのに難しそうですね」
俺の考えを読んだかのような翼ちゃんの台詞にちょっとドキッとした。
「そうだね。三音里ちゃんのお爺ちゃんが元気になるまで俺はお預けかな。近場にもいいキャンプ場あるから二人で行ってくればいい」
「二人だけだとまだ不安なんですよ」
互いに顔を見合わせてちょっと困った顔をしている。
「あっ、いい場所あった!」
何かを思い付いた三音里ちゃんが突然立ち上がる。
「何処?」
「ここ」
「は?」
「え?」
俺と翼ちゃんは突然の提案に今一つ意味が分からずポカンとしてしまった。
「お店の裏庭!あそこなら広さは十分だし外からは見えないし周りに民家も無いから焚火だって問題ないでしょ?」
なるほど。言われてみれば確かにそうだ。ここの環境は主要道からちょっと入った山の中。キャンプ場と大差ないというか最近流行りの綺麗なキャンプ場より自然が身近だ。
幸いというか俺も長年親しんだ風景という訳でもないので庭にテントを張ったら十分にキャンプの雰囲気は楽しめるだろう。マスターお気に入りの夕日をじっくりと眺めるのも悪くないかも。
「それならリーダーはお店を休まなくてもいいし私達は一緒にキャンプが出来る」
「「おお〜」」
灯台下暗しとはこの事か。まあ職場と寝袋で連想するのはかなりブラックなんだが。
「面白そうだな。庭でキャンプしていいかマスターに聞いてみようか」
「それは私に任せて下さい。きっと大丈夫です」
孫のおねだりパワー全開にする気らしい。これではマスターも断れないだろう。
こうして突然沸き上がった『お手軽お庭キャンプ大作戦』。話を詰めていくと来週は学校の行事もあって難しそうなので再来週の週末に実行することで話を進める事になった。
「「ご馳走様でした」」
「お粗末様でした」
ちょっと量が多かったかなとも思ったのだが女子とはいえ高校生の食欲を侮っていたようだ。ホットドッグ半分とカレー、オムライスをそれぞれ胃に納めた二人は苦しそうな素振りすら見せずに満足顔でケロッとしている。そりゃあ休憩の度にソフトクリーム食べるわな。
食後に一頻り雑談をしていていても客が来店する事は無かった。平日より客が来ない週末。うーん、何だかなー。
「じゃあ帰りますね」
「ああ、帰り道も気を付けて」
二人を見送りに駐車場まで出てきた所でハッと気が付いた。
「そうだ、マスターのバイク見てみる?エンジン掛けなきゃいけなかった」
「見たいです、お爺ちゃんのバイク」
ヘルメットを被ろうとしていた三音里ちゃんが即答する。退院が先になるならキャブのガソリンを抜いてしまおうと思ったのだ。アイドリングだけではカーボンが溜まるだけであまり宜しくは無いのだがカウルを外してドレンを操作するよりはお手軽なので許してもらいたい。
「ちょっと待ってて。鍵持ってくるよ」
急いで店に戻り小屋とバイクの鍵を持って二人を案内する。
「うわー凄い。博物館とかに飾ってありそう」
三音里ちゃんの第一声だ。メンテナンススタンドに乗せられたその佇まいもだが確かに今とは違う独特な丸みを帯びたそのデザインは彼女たちが知っているスッキリとシャープな意匠のバイクとは一線を画すところがあるかもしれない。フロント16インチ、リア18インチのホイールサイズと併せて前後とも80偏平のタイヤもボテッとしてちょっと古さを感じる。リアなんか幅130なんて鵞鳥より細いし。
「今エンジン掛けるよ」
『ウィーウィー』
排気デバイスの動作音を確認してからステップを畳んでキックペダルを引き出す。 キャブのガソリンだけではあっという間にガス欠になるので一旦は燃料コックをONにする。
『カッカシュン、カッカシュンバラバラバラバラバラ』
火の入った2ストロークV4エンジンはけたたましい咆哮と共に白煙を吐き出した。
「うわっ煩い」
聞きなれない排気音に二人はびっくりしたようだ。翼ちゃんは目を見開いて驚いている。
「マフラーが四本もあるんですか?」
「そうだね。これは四気筒だから。アクセル触ってみるかい」
クランクが温まってきた頃合いを見て誘ってみると恐る恐るアクセルを開ける。
『ヴィーーーン』
「うわっ」
ワイヤーの引っ掛かる感じにちょっと力を入れすぎたのかタコメーターが一気に跳ね上がる。レスポンスも一級品だから驚くのは仕方ない。
しっかりと温まったところでコックをOFFにしてガス欠を待ちながらあれやこれやと盛り上がる三人であった。
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