第53話 初めての週末

 最初のお客様が「美味しかったよ」と嬉しい感想を残して店を去ると入れ替わるように男性三人組がご来店です。


 揃いの上着にJAの文字が見えるので農協の職員さんかな。


 オーダーはカレーが二人とハヤシが一人。ご飯はマスターに聞いて一升炊いてあるけど追加した方がいいかな。経験のない人間には悩みどころだ。余ったら小分けにして冷凍しとけばいいとは言われたけど出来れば炊き立てを提供したいからね。


 話を聞くとこの人たちも弦さんに焚きつけられたようだ。弦さんが行く先々で言いふらしてる疑惑が。営業力が凄いお爺さんだった。


 三人にも味が気に入ってもらえたのか「また寄せてもらうよ」という有難い言葉をいただけました。


 結局この日のお客さんはこの二組五人。マスターが「十人は来ないから」と言っていたのは正しかったようだ。こりゃ確かに「趣味だ」と言い切れる余裕がなけりゃ続けられないだろう。商売としてはかなり厳しいね。


 翌日の木曜は三人。金曜は漸く顔を出した弦さんを含めて7人の接客をトラブル無しで熟して初の週末を迎える事になった。


 弦さんに客の入りの話をしたときに「何だ、宣伝が足りななかったかのぅ」と呟いていたのは聞かなかった事にしよう。




 土曜日の朝ちょっと張り切って店を開けたのだが、もうじき昼になろうかという時間になっても相変わらず店内は静かに流れるCDの音しか聞こえません。

 閑古鳥の鳴き声ってヴォサノバのリズムなの?


『ジャリジャリジャリ』


 駐車場の砂利を踏む音に視線を送ると見覚えのあるヘルメットの二台のバイクがゆっくりと駐車場に入ってきたのが見えた。


『カランコロン』

「リーダー、こんにちわー。約束通りカレー食べに来ました。つーちゃんもつれてきたよー」


 予想通り元気に店に入って来たのは三音里ちゃんと翼ちゃんの女子高生コンビだ。


「いらっしゃ。好きなところに座って。見ての通り貸し切りだから」


 スベリ気味の自虐ギャグで二人に返事をする。


 二人が選んだのはやっぱりあの端の席。何か特別な引力でも働いているのだろうか。


「はい、メニューとお水。何にしますかお客様」

「私はカレー!先週から決めてたんだから。つーちゃんは?」

「私はオムライスでいいですか?三音里の先週の話聞いてから食べたかったんです」

「勿論。じゃあカレーとオムライスね。何か飲む?」

「私はコーラ。喉乾いちゃって」

「じゃあ私はオレンジジュースで」

「了解、じゃあ先に持ってくるね。少々お待ちください」


 そう言って芝居がかった動作で一礼してから俺は厨房へ引っ込んだ。


 飲み物を出した後は楽しそうなお喋りの声が聞こえてくるが俺はオーダーに対応しましょう。だいぶオペレーションにも慣れてきたので結構余裕をもって調理できるようになってきた。偉そうに言ってもカレーはご飯を盛ってカレーをかけるだけだが。


「お待たせしました。カレーとオムライスね」

「これこれ、待ってました」

「うわー美味しそう!お店に来たみたいです」


 一応お店ですよ翼ちゃん。二人は携帯でパシャパシャと写真を撮っている。


「これはオマケ。良かったら感想聞かせて」


 そう言って差し出したのはホットドッグ。あのソーセージの味を知ってもらいたくてメニューに入れたのだが未だに注文が入らない。せめて知り合いには一度味わってもらいたくて押し売りです。サービスだから売る訳じゃないけど。


「「おおー」」


 パシャパシャと再びの撮影会。


「「いただきます」」


 まずは女の子には量が多過ぎるかと二つに切ったホットドッグを手に取り好みでケチャップ、マスタードを自分でかけてパクリ。


「「!!」」


 一口頬張った後に視線を交わすとその後はお喋りする事も無くハムハムとまるでリスの様に黙って詰め込んでいく。


 ふふ、驚いたか。皮が破ける食感。染み出す脂。漂う香辛料とハーブの香り。そのソーセージは滅茶苦茶美味しいのだよ。存分に味わうがよい。


「もっと食べたいけどそれじゃあカレーが食べられなくなっちゃう」


 ホットドックを食べた三音里ちゃんが何やら葛藤している。翼ちゃんも満足の表情でオレンジジュースを一口。味には納得してもらえたようだ。良かった良かった。


「こんなに美味しいのにお客さんが少ないのが不思議です」


 翼ちゃんがポロリと零した一言に全く賛同の気持ちしかないが、その理由わけはマスターの方針が全てだろう。来てくれるお客さんを拒むことはないのだが、基本儲けるつもりがほぼ無いマスターは一切の集客の為の広告活動をしていない。当然ホームページなんかもない。看板の一つも無いんだから。


 そもそも立地からして客を捕まえる気がない。「夕焼けの景色が綺麗だったからこの場所にした」ってそりゃ人も来ないよ。その夕焼けだってマスターの部屋がある裏に回らないと見えないし。基本としてお客さんは顔見知りかその人に連れられてきた人で俺の様に全くのフリーで来る客はほとんどいないのだ。そのお陰もあってか店内には今もゆっくりとした時間が流れているのだが。


「まあ元々そんなにお客さんが入ってた訳じゃないみたいだし、このメニューも繋ぎの素人料理だからこれくらいで丁度いいんじゃない。それよりもマスターの入院はどうなりそう?」

  

「昨夜の話だとやっぱり手術する事にしたみたいです。病院も感染対策であんまりお見舞いにも行けなくてお母さんも電話で話してるだけみたいですけど。リーダーにも今日連絡するって言ってましたよ」


 カレーを食べながら三音里ちゃんが教えてくれた。

 昨夜の話か。俺も今晩確認の電話入れとこうかな。

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