第51話 ジョブチェンジ

 日曜は結局弦さんしか来客は無かった。月末の月曜と火曜は職場関係で最後の挨拶回りと引継ぎがあったのでお店はお休み。ちゃんと貼り紙しときました。


 月が変わって水曜日。いよいよ今日から専属管理人にジョブチェンジだ。職安とかの手続きが必要なんだけど準備に一週間位かかるらしいんでその間は何も出来る事がない。


 店に入ったらまずは厨房で水周りを確認して簡単な仕込み。せっかく寄ってくれたお客さんに何も出さないのも何なので三音里ちゃんや弦さんの反応も含めてマスターに電話で相談して当座のメニューはカレーとオムライス、簡単なパスタ程度を提供する事にした。でもお薦めはあのソーセージを使ったホットドッグだな。


 驚いたことに店のパンは冷凍食品だった。製造元のパン屋さんが焼きたてを急速冷凍しているので店でも長期間保存できる優れものだそうだ。解凍は霧吹きで湿らせたパンをオーブンに入れるだけ。試しにやってみたがまるで焼きたての様だった。冷凍技術凄すぎ。


 そして肝となるソーセージの焼き方。マスターは茹でてから焼くやり方を教えてくれた。フライパンの深さ1センチくらいの熱湯にソーセージを入れて強めの中火で水が無くなるまでソーセージを転がしながら茹でる。水が無くなったらそのまま火を少し弱め焦げ目がつくまでじっくりと転がすそうだ。別の鍋で茹でてもいいらしいけど染み出た脂が逃げるのでフライパン一つで仕上げるのがマスター流らしい。


 付け合わせはザワークラウトか刻んだ玉葱を選べるようにしてみた。玉葱は刻んだ後に水にさらして辛みを抜いた奴だ。俺はザワークラウトも好きなんだがあの独特の酸味は苦手な人もいそうなのでと提案したらあっさりと許可が貰えた。どちらも肉の脂との相性はいいと思う。


 仕込み擬きが終わったら店内の掃除。埃はどこから来るのでしょう?ホント不思議だ。だからこそ管理人の意味もあるのだが。そうか!そのお陰で俺はここに居るのかと勘違いな事を感謝(?)しながらテーブルやイスを拭いていく。


 ここまでやれば取り敢えずのルーティーンは終了だ。後はお客さんが来るまで自由時間。その時間をより有意義に過ごすためにコーヒーを淹れる。店のコーヒーは最近あまり観なくなったサイフォン式。フラスコにロートを突っ込んだあれだ。


 まずは一杯分の豆をハンドミルで挽く。豆は淹れる前に曳いた方が美味しいとのことなので挽き置きはしない。


 濾過器をセットしたロートに挽きたての粉を入れお湯を入れたビーカーにセットする。セットが完了したらビーカーの下にアルコールランプを置いて加熱すれば沸騰したお湯がロートへと上がってくるので粉とよく混ざるように浮いた粉をヘラで沈めてやる。一分ほど待ったらもう一度撹拌してからアルコールランプをビーカーから外してやれば立派なコーヒーがビーカーの中へと落ちてきて完成だ。


 騒がしい駅前のコーヒースタンドじゃ難しいだろうけど時間がゆっくりと流れるこの店なら十分あり。単純なドリップ式より手間はかかるけど動きがあって見ていて楽しいし味もまろやかな気がするので俺としては歓迎だ。そもそも流行りの店じゃコーヒーマシンにセットするだけだもんな。美味しいんだけど味気ないとはこれ如何に。


 お昼を少し過ぎた頃、今日の昼は何にしようかと考えていたら駐車場に一台の車が入ってきた。黒のレクサスから降りてきたのは老年の男女。御夫婦かな?何の用かな思ったら、お客さんじゃん。ここ飯屋だもん。


 弦さんは知ってる人だし別枠。ちょっと緊張しながら入口を潜るのを待ち構えてしまった。一見さんじゃなくてマスターの知り合いだといいんだけど。


『カランコロン』

「いらっしゃいませ」

「おお本当だ。シンさんじゃない」


 白髪の男性の一言目でマスターの知り合いであることが判明してホッとした。


「マスター入院しちゃったんでその間の店番です。簡単な物ならお出しできますけどどうしますか?」

「弦八さんから聞いてるよ。カレーが美味いらしいじゃないか。話を聞いて食べてみたくてきたんだ。家内と二人だけど大丈夫かな?」

「弦さん何て言ってました?」

「今なら美味いカレーが食べられるから行った方がいいぞってね」


 確かに知り合いには伝えとくって言ってたけど…。


 弦さん、伝えて欲しい事が違います。


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