第49話 溺れるわ!
「美味しいー」
一口目を頬張った三音里ちゃんが満面の笑顔で嬉しい感想を伝えてくれる。
「本当に美味しいわ。大したものね、賄いで終わらせるには勿体ないくらい」
娘さんからもお褒めの言葉を賜った。ありがたや、ありがたや。
「ソースのお陰ですね。マスターのソースがしっかりしてるからかな」
事実としてソースが美味かった。濃い目のケチャップの味をしっかりと受け止めても負けない味の深さがある。時間をかけてじっくりと仕込まれた物なのだろう。気分で赤ワインを混ぜたのを後悔しそうだ。
「リーダーはカレーも美味しいんだよ。あれもまた食べたいなー」
「そうなの…。ねえ豊田さん、父の希望もあるしここお願いしてもいいかしら。父が言ってたのはバイクの事でしょ?表に停まっていたのが豊田さんのバイクでしょ。私も主人もそっちは全然分からないから。バイク屋さんに頼めばいいんのかもしれないけど知らない人に触られるのも嫌なものなんでしょう?」
「そうですね。私の話ですけどあんまり歓迎はしません」
「でしょう。私も後で父と揉めたくないし良かったら頼めないかしら。もちろん店はやってもやらなくても構わないし引き受けてもらえるなら日当もお支払いするわ。使わないと水周りなんか直ぐ傷んじゃうし」
「でも店を開けないんならここに来て自分で作った昼飯を食べて帰るだけになっちゃいますよ」
「使ってくれれば十分よ。そうね、なら中の掃除と表の草むしりでもしておいてもらえれば十分よ。臨時の管理人てところかしら」
「時間はありますからその程度で良ければやらせてもらいますよ。私もこの店が無くなっちゃうのは寂しいですから。長くなりそうなんですか?」
「先生が仰るには検査だけなら二週間くらいで手術するようなら一月以上はかかるみたい。期間もはっきりしなくて申し訳ないけど大丈夫?」
「そこは気にしないで下さい。私も先の予定は何も決まってませんから。毎日家にいると親も五月蠅そうだし丁度いいですから」
「お父さんだけじゃなくて三音里もお世話になってるみたいだから仕事で困るようならいつでも相談に乗るわよ。知り合いもそこそこいるから紹介できるところもあるかもしれないし」
「ありがとうございます。助かります。でも、暫くはゆっくり考えたいんでノンビリ駐車場の草むしりでもやっておきます」
「そうね、ちゃんと考える事は大切だわね」
「リーダー、来週はカレー期待してます」
話し込んでいる間にオムライスをペロリと平らげた三音里ちゃんがスープカップを持ちながら話に加わる。
「ああ、準備しとくよ。天気が良ければツーリングがてら翼ちゃんも連れてきてみたら?お母さんも温かいうちにオムライス食べちゃってください」
「せっかく作ってもらったのに話過ぎちゃったわね。ささ、頂きましょう」
食事に後に簡単な話をしてお互いの連絡先を交換すると二人は荷物を届けるために再び病院へと向かって行った。店の鍵はスペアキーがカウンターの引き出しにあったのでそちらを娘さんが持つことにした。これで必要な物があればいつでもここに入れるだろう。
しかし何かおかしな事になった。
あれよあれよという間に激流に巻き込まれ一気に押し流された感じだ。
どこをどう見ても思いっきり流されてる。流されまくってる。急流過ぎて溺れるくらい。
自分で決めて進もうと決めたばかりなのに何という有様だろう。
しかし人生の転換期とはこういうものなのかもしれない。
抗う事の出来ない強烈な何かと言った感じだろうか。
だとしたらその流れは何時から、何処から始まっていたのか。
そんな事を考えなが何気なく眺めた窓の外の風景に一瞬キラリと輝く光が目に入る。その視線の先には傾きかけた陽射しに照らされた青い車体が佇んでいた。
「まさかね。まあ、こういうのも悪くは無いな。さて、引き受けたからには片付けと食材のチェックやっちゃおう」
俺は誰に言う訳でもなく一人呟くと後片付けの為にトレイに食器を重ね洗い場へと向かった。
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