第48話 賄い

 俺は店へと向かう車のリアシートに座っていた。


 想定外の提案に驚きつつも一旦店の状況を確認してから返事をする事にした。そしてそのまま店に向かおうと思ったのだがよく考えれば足がなかった。タクシーでも使うかと思った所に三音里ちゃん母娘もマスターの着替えなどの入院に必要な物を取りに行くというので乗せてもらう事になったのだ。


 娘さんの運転する車は大きな丸目のヘッドライトが可愛い赤いイタ車だった。その神話を意味する名前が付けられたコンパクトスポーツはキビキビと山道を登っていく。リアシートはちょっと狭いけど乗り心地は悪くない。


 車はゆっくりと店の前の砂利敷の駐車場に入ると玄関前に停まった。


「ここも久しぶりねぇ。お客さんなんて来ないんだからさっさと閉めちゃえって何度も言ってるのに」


「でもなんか可愛い。お爺ちゃんがこんな店やってるなんて知らなかった」


 どうやら三音里ちゃんはこの店に来たことがなかったようだ。


「今、鍵開けますね」


 救急車に乗る時に預かって戸締りをしたのでキーケースは持ったままだった。


「結構綺麗にしてるのねぇ」


 店内を眺めてそう言うと娘さんは奥に入っていった。車の中の話では若杉にも立派なマンションがあるらしいのだがマスターは殆ど店の奥の居住スペースで暮らしているらしい。


 俺は食材が気になったので厨房に入ってみる。冷蔵庫の中も含めて一通り見て回ると幸いな事に直ぐにダメになりそうな物は無さそうだった。ジャーに入ってるご飯くらいか。後は鍋に入ってるソース関係だな。


「リーダー、お腹減りました。急に起こされて連れてこられたから今日は何も食べてないんです」


 俺について厨房に入ってきていた三音里ちゃんが湯気の立つジャーのご飯を眺めながらしみじみと空腹を訴えてきた。どうやら寝坊を決め込んでいたらしい。


「よく考えたら俺もだ。昼飯食べるつもりで来てそのままだったからね。オムライスでも作るか?材料はあるし」


「ホントですか!お願いします」


 涎を垂らしそうな勢いで食い付かれた。


「ああ、じゃあ席の方で待ってて。そんなに時間はかからないと思うから」



 まずはキチンと手を洗おう。料理の基本だ。壁にぶら下がっている網から玉葱を一つ取り出し皮を剝いてから粗みじんに刻んでいく。次は冷蔵庫から取り出したベーコンも同じように刻む。マッシュルームはスライスにした。コンロの上にぶら下がった油が良く馴染んだ大きめのフライパンを火にかけて温まるのを待つ間にご飯をジャーから皿に移しておく。


 フライパンから湯気が出始めたらそこに下拵えした玉葱とベーコン、マッシュルームを放り込んで軽く塩を振る。塩気はベーコンで十分かもしれないがこっちの方が玉葱の余分な水分が抜けやすい。


 ある程度火が通ったらそこにケチャップをたっぷり投入。火を少し弱めてケチャップの水分を飛ばす感じで具材と炒めていく。厨房にあったケチャップはHeinzだった。国産よりトマトの風味が強く全体の味も濃い印象だ。


 ケチャップが少し煮詰まった感じになったらご飯を投入。後はバターと塩コショウ、隠し味的に醤油を少々振ってひたすらフライパンを煽る。学生時代に中華料理屋でバイトした時に散々仕込まれたから鍋振りは慣れた物だ。ご飯が綺麗なケチャップ色に染まったところで火から外す。


 小さめのフライパンにバターを溶かして水洗いしたしめじの石づきをとってバラしながら投入し軽く炒める。ちょっと焦げ目がついた所でレードルでデミグラスソースを入れ、厨房にあった赤ワインを気持ち足す。一煮立ちさせてアルコールが飛べばソースも完了。


 仕上げは卵。ボウルに卵を割って塩と粉チーズ、水を少々入れて空気を含ませるように溶く。それをバターを溶かしたフライパンに流しいれフライパンを前後に振りながら箸で混ぜて熱を通していき早めに火から外す。


 焦げ目の付いた薄焼き卵で包んだオムライスも好きなんだが今日は立派なソースがあるのでトロトロ卵を乗せるだけにしてみた。こっちの方が見栄え的に合ってる気がする。


 ケチャップライスを皿に盛って卵をフライパンから滑らせるように被せた上からソースをかけてオムライス茸ソース掛けの完成だ。


 女性が好きそうだろうとエノキを使ってみたけど俺は苦手なのでデミソースだけにしたのは内緒です。


 流石にサラダまでは準備できなかったけどお馴染みのミネストローネ風スープが鍋にあったので温めてカップに注いだ。


 うん。賄い料理くらいにはなったかな。


 オムライスとカップスープを乗せたトレイにスプーンをセットしてガス欠寸前でテーブルで溶けている三音里ちゃんの下へと運ぶ。


「お待たせ。素人料理だけどそこは勘弁な」

「うわー美味しそう。お母さん、リーダーがオムライス作ってくれたよ。お母さんも食べなよ」


 そこに丁度着替えを詰めたとおぼしきバッグを抱えて娘さんが戻ってきた。


「何言ってるの。貴方が作らなきゃ駄目じゃない。女の子でしょ。すいません豊田さん。あら、でも美味しそう」

「ご飯は取っておいても硬くなっちゃいそうなんで使っちゃいました。マスターみたいにはいかないですけど良かったらどうぞ」

「本当にありがとうございます。じゃあせっかくですから頂きますね」


 俺も腹減った。さあ食べよう。



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