第43話 オマケ

「いい音ですね」

「そうかい?最近の人は2ストは嫌わてると思ってたよ。煩いし煙いし」


 そう言ってもう一度アクセルを煽ってからイグニッションスイッチを切ると再び静寂が訪れた。


 小屋の中を改めて見渡すと壁際には立派な赤いローラーキャビネットが置かれ天板には白い布が掛けられている。壁にはキャビネットに入らない大型の工具と並んでカーボンサイレンサーのチャンバーが四本下がっておりそのエグい曲線の造詣がRZV用のレーシングチャンバーであることを示している。横の棚には使い込まれた革ツナギと古いヘルメットがオブジェの様に飾られているが埃を被っている様子はない。コンクリートの床に点々とあるオイル染みがここがタダの物置小屋ではなくピットである事を主張しているかのようだ。


「レースとかやってらしたんですか?」

「小さなバイクでライセンスは取ったんだけどね。こいつでは結局ちゃんとしたレースは走れなかったよ。出会った時はもう好き勝手やってられる歳じゃなかったからね」


 シートを撫でながら話をする姿には昔を懐かしむような雰囲気があった。


「ああ、年寄りの昔話に付き合わせて悪かったね。お陰で近いうちに走りに出たくなった。ありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございました。貴重なバイクに跨らせて貰えてうれしかったです」

「それならよかった。気に入ってもらえたなら又のご来店をお待ちしていますよ…」

「豊田です。豊田 慎二って言います」

「こりゃまた奇遇だね。私は真一。光岡 真一というんだよ。君とは縁がありそうだ。良かったらまた寄ってください」

「はい、ぜひ」


 そんな会話を交わしながら小屋の扉を施錠してから鵞鳥の方に歩みを進める途中に停められている軽トラの運転席にふと目をやるとキーが付けっ放しだった。


「これ、さっきのお客さんですかね。エアコンが効かなくなったって言う」

「ああそうだね。弦さんのだ」

「家にも同じ車があるんで原因位は分かるかもしれないんで少し診ましょうか?」

「おう、兄さん車も分かるのかい?分かるんなら構わないからちょっと見てくれや」


 その声に振り向くと爪楊枝をくわえて弦さんがこちらに歩いてくるところだった。


「まったくシンさんも客ほったらかして帰ってこないから食い終わっちまったよ」

「ああ、済まなかったね。ほら、弦さんは会計も無いし身内みたいなものだからね」

「で、兄さん分かるのかい?」

「家の車と同じ原因かもしれませんから」


 許可を貰ってエンジンをかけてみる。エアコンをONの状態で温度を最低にして風量を全開にする。確かに風は生ぬるい。


 一旦エンジンを切って助手席のシートを外してその下にあるヒューズボックスを開けてから再びエンジンON。


 冷風が出ていない事を確認してから目当てのリレーを軽く叩いてやると『カチッ』という音がして風が乾いた冷風に変わっていく。


「やっぱりマグネットクラッチのリレーが調子悪いみたいですね。部品は二千円くらいですから交換すれば直りますよ」


「おおスゲェ、助かったよ。この四角い奴交換してもらえばいいんだな?」


「ちゃんと冷えてるからコンプレッサーのパンクや配管のガス漏れとかじゃなくて良かった。冷却ファンも大丈夫そうですからとりあえずはそれだけで大丈夫ですよ。車屋に頼むならついでにコンプレッサーオイルとガス補充をしといた方がいいかもですけど。ああ、ついでなんでもう一つ」


 助手席側でしゃがみこんでグローブボックスの裏に手を突っ込む。細長い蓋を外してフィルターを引っ張り出してみると予想通り埃塗れだ。


「これも交換ですね。目詰まりで効率落ちちゃってるだろうから」


 この有様だとエバポレーターの汚れも気になるところだけどそこまでやると大事になってしまう。


「分かった。このままエアコンが効くうちに車屋まで行ってくるわ。ありがとな」


 そう言うと弦さんは車に乗り込むと颯爽と去って行った。お年寄りが元気なのはいいことだ。


「悪かったね変な事させちゃって」

「いえいえ、気にしないで下さい。俺から言い出したことですから」


『キュルルボントトトトト』


「ほう、一発始動か。調子は良さそうだね」

「冷え切って無ければですけどね。また寄らせてもらいますね。それじゃあご馳走様でした」

「ああ、いつでもお待ちしてますよ」


 そして俺は店主に見送られながら当てのないツーリングに戻るために鵞鳥のクラッチを繋いだ。




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