第42話 名車
角目一灯のヘッドライトを包み込むようなピカピカのセンターカウル。それに続くようにエンジンを覆う白ベースのカウルにはテールカウルへと続く赤のストロボラインと大きなV4のデカール。これもピカピカのシングルシートカバーの横にはYPVSのロゴがどこか誇らしげだ。グラマラスなテールカウルの端からはアルミのサイレンサーが覗いている。
RZV500R。
1984年にヤマハが世に送り出したレーサーレプリカ。当時のWGPマシンYZRのレプリカとして圧倒的な性能を誇った一台だ。しかし販売期間はたったの二年。国内販売台数も鵞鳥より少ない四千台弱というお宝の様なバイクだ。俺が生まれる前の一台ではあるがバイク史にその名を刻む紛うことなき名車だ。
因みに鵞鳥は迷車かな。
V型4気筒の2ストロークエンジンは国内仕様で64馬力、海外仕様で88馬力を発生させる。100馬力超が珍しくない昨今のバイク事情からすれば大した数字ではないのかもしれないが試乗させて貰った知り合いのバイクで体験した2ストローク特有のパワーバンドに入った瞬間のその加速は正に暴力という形容が相応しい代物だ。アシストデバイス無しで素人が乗るには十分危険な領域だと思う。鵞鳥と大して変わらない車重でパワー三倍だからね。そりゃ考えなしに
エンジンはバンク角の変更はあったものの二軸クランクにバランサーを設置し吸気方式が違う前後のエンジンを見事に調和させた。前側は前方排気のクランクケースリードバルブで後側は後方排気のピストンリードバルブ。違うエンジンを二つくっつけたようなもんだ。凄すぎるだろ。これに貢献したのが排気デバイス。回転数に合わせて排気タイミングを調整するYPVSによりスムーズな吹け上がりを実現している。
国内仕様で馬力が抑えられているのはお馴染みの自主規制とかいうやつだ。まったく碌なもんじゃない。だがコイツの場合は事情がちょっと違った。馬力を出せない事を少しでもカバーしようと軽量化を目指して国内仕様にはメーカー初の市販車アルミフレームが奢られたのだ。海外仕様はスチール角パイプ。因みに市販車初のアルミフレームは変わった事が大好きな鵞鳥のメーカーさんが前年に発表してたりする。しかも250ccにってどう考えても頭のネジが何本か外れていそうな話だ。
「発売と同時に買ったんだ。一目惚れでね。殆どノーマルコンディションだけどハイパワーキットを組んだせいか中々気難しくてね。最近は殆ど乗ってやれてないんだ」
自主規制でパワーダウンを余儀なくされた訳だがそれは海外仕様の設定を変えてデチューンを施したという事。吸排気の途中に詰め物して効率落としたり、ジェットの番手を落として燃料少なくしたり。つまり設定を戻してやる事で比較的簡単に本来の力を解放してやることができるハイパワーキットなるチートなアイテムが出回っていたそうだ。見方を変えればメーカーで実証済みのチューンみたいなものだ。結果としてアルミフレームによる軽量化と相まって海外仕様より凶暴なマシンが走り回る事になった。
何でこんな事知ってるかというと試乗させて貰ってから暫く2ストにハマってました。結局RZVは買えなかったけど。
当時は既に2ストの新車は手に入らない状況だったために中古の250を乗り継ぎましたよ。回してナンボの2ストは状態のいい中古は少なく、買ってから手を入れて整備するしかなかった。自分で弄るのはその頃に必要に迫られて始めた感じです。2ストは作りが単純なんで弄り易かったし。ああ、あの頃が懐かしい。
「せっかくだ、エンジン掛けてみるかい」
「えっ、いいんですか!」
「最近は膝も痛くてキックも一苦労だからね」
そんな申し出を断る訳がない。差し出された鍵を受け取りイグニッションをONに。
『ウィーウィー』
排気デバイスがセルフクリーニングのための作動音を響かせる。
変な恰好のチョークを引いて右のステップを畳んでからキックペダルを少しだけ後方に引き出してから開く。
シートに跨りキックペダルを軽く踏むとすぐに引っ掛かる感覚があるのでそこでペダルを一旦戻してから一気に踏み下ろす。
『カッカシュン、カッカシュン、カッカシュンバラバラバラバラ』
乗っていないと言ってたけど完冷状態でキック三発始動は素晴らしい。小まめに手をかけているのは間違いない。
「ほう、上手いもんだ。グースはセルだよね?」
「2ストは昔乗ってたんで何となく」
『ヴィーン、バラバラバラバラ、ヴィーン、バラバラバラバラ』
バイクを降りた俺の横に立った店主はチョークを戻し軽くブリッピングを繰り返す。俺にもどうぞと言わんばかりに前を開けてくれたのでアクセルを握って軽くふかす。
『ヴィーン、バラバラバラバラ、ヴィーン、バラバラバラバラ』
軽いアクセルワークでも7000回転まで一気に回転が上がる。これこれ。このレスポンスが痺れる。
納屋の中は白い排気煙が籠りイギリスのオイルメーカーの製品独特の甘い香りが立ち込めていく。
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