第40話 贅沢なランチ
「お薦めメニューとかありますか?」
渡されたメニューをパラパラとめくりながら聞いてみる。
「肉屋に頼んで作ってもらってるソーセージはちょっと自信作かな。ホットドッグも美味しいけどグリルの方が肉の旨味が楽しめると思うよ」
「じゃあそれで。後アイスコーヒーをお願いします」
「セットだとライスかパンを付けられるけど」
「パンでお願いします。ホットドッグの雰囲気も味わってみたいから」
「ソーセージグリルのパンセットとアイスコーヒーね。ちょっと待っててくださいね」
メニューを持って踵を返そうとする店主を慌てて呼び止める。
「あっ、ひょっとして煙草大丈夫ですか?さっきパイプを咥えてる様だったんで」
「ああ、構わないよ。私もあれだけは辞められなくてね。今灰皿を持ってこよう」
そう言ってカウンターの端から持ってきてくれたのは白が美しい陶器の中央に鮮やかな赤を使いレタリングされた文字でドイツの煙草メーカーのロゴが描かれた灰皿だった。
(何気に小物が好みなんだよな)
そんな事を考えながら煙草に火を着ける。
改めて店内を見回すとホントに落ち着く雰囲気だ。店内には小さなボリュームでボサノヴァのリズムが流れている。ピアノの音が楽し気に踊っているようだ。店主の趣味かな。
エアコンはあるみたいだけどフラップが開いてないから動いていない。窓からの風が気持ちいいからいらないけどね。隣に鎮座している薪ストーブも綺麗に拭かれてるけど所々に煤の跡があって実用品であることが伺える。
店主じゃないけどこれは飛び出してきた小動物に感謝だな。ちょっと俗世を忘れられる感じが何とも気持ちいい。
外の緑を眺めながら二本目の煙草に火を着けるかどうか考えてるうちに料理が来た。
「器熱いから気を付けてね」
注意の言葉と共に目の前に置かれた物を見る。
アツアツのスキレットに盛られた程よく焼き色が付いた15センチはありそうな二本のソーセージと厚切りのベーコン。付け合わせはジャガイモと人参だ。
「こっちはライ麦パンでこっちはプレッツェル。良かったらお代わりもあるからね」
置かれた白い皿の上には黒っぽい丸っこいパンと細長いコッペパンみたいなパン。細長い方は表面に切れ目が入ってるから小さなフランスパンの様にも見える。ミニサラダとカップスープ付きだ。
何だこりゃ!何でこんな山の中にこんな店がある?
食べなくても分かる。
当たりも当たり、大当たりだよ。
福引なら鐘鳴らすでしょ。
早く味わいたいと逸る心を抑えてフォークを刺したソーセージをナイフでカットしてから口へと運ぶ。
口に入れたらたら木の枝で、実は狸に化かされてましたなんて事は…
『ムグッ』
なかった。
美味い。
溢れ出る溶けた脂が口腔を満たし、ハーブと香辛料、そしてスモークチップの複雑な香りが鼻腔を刺激する。
「こりゃ凄い」
美味いじゃないのだ。凄いんだ。それくらいインパクトがある味だった。
「気に入ってもらえたかな。じゃあこれはオマケで」
差し出された小皿にはザワークラウトと粒マスタードとカレーパウダー。
「パンに挟むなら一緒にすると美味しいよ。カレーパウダーはお好みかな」
ザワークラウトはキャベツの漬物。ドイツではお馴染みの食べ物だ。酸味が強いから酢漬けとか言われるけど酢は使っていない。発酵するから酸っぱくなるだけだ。
あっという間に一本食べ尽くしてしまった俺は二本目に手を付ける前にナイフでプレッツェルに切れ目を入れる。できた切れ目にザワークラウトを敷いてその上にティースプーンでカレーパウダーを振りかける。そしてソーセージをドン。仕上げに粒マスタードをたっぷりと乗せて完成だ。
もう見るからに旨そうなそれに迷いもなく齧り付く。
パンの絶妙な塩味と表面のパリパリ、中のモチモチがソーセージの旨味と相まって得も言われぬハーモニーを醸し出す。
一口目を添えられたトマト風味のミネストローネ風スープで流し込むとようやく少し落ち着いた。
あまりの美味しさに詰め込み過ぎた。下品ですいません。
残りのホットドッグは味わいながらゆっくり食べた。
最後の厚切りベーコンはライ麦パンを上下二つに割ってその間にマスタードをたっぷりと乗せたベーコンとサラダのレタスを挟んでベーコンバーガーにしてみた。どこぞのハンバーガーチェーンのパティより厚みがあるんだから食べ応えは十分だ。
これも文句なく美味かった。最後にスキレットに残った脂をジャガイモと人参でこそげ取るように頂いて至福の時は終わりを迎えた。
「満足してもらえたかな?」
そう言いながら店主が『カラン』と氷の奏でる涼し気な音と共にアイスコーヒーのグラスをテーブルに置いた。
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