第38話 復活の日

 抜けるような青空の下を夏が近い事を知らせるような強い日差しに晒されながら平日の空いている山間やまあいの国道を空の色にも似た青い車体の一台のバイクが風を切って疾走していた。


 もちろん人呼んで(俺だけか)蒼い不死鳥こと鵞鳥様と俺だ。


 復活してすぐにでも走りに出たかったのだが何分時節は梅雨。今にも泣き出しそうな鈍色にびいろの空の日々が続いていたが貴重な梅雨の晴れ間がようやく訪れた。


 週間予報とにらめっこしながら職場では月曜から前振りを施しつつこの瞬間をジッと待っていたのだ。下準備の甲斐あって朝の天気を確認してからの一本の電話で俺は有休をもぎ取った。今日の俺は体調が悪いらしい。うん、何事も下準備は大切だ。


『いい年してズル休みしてんじゃねぇ!』と罵声が聞こえてきそうだが梅雨の晴れ間はそれだけのリスクを背負う価値があるのだよ諸君。


 そしてそうまでして試走に出ただけの価値はあった…と思いたい。


 エンジンは快調そのもの。気分の問題かもしれないが若干トルクの出が太くなった気がするし八千回転過ぎのモタツキがなくなって高回転がスムーズになった。これは点火コイルとプラグケーブル交換したらもっと良くなりそうな予感。今回のは恐らくCDI交換の成果だろう。取り外した古いユニットは夜にテスター当てたら数値が所々おかしかった。完全にトンではいなかったけど正常な状態ではなかったのだろう。無理してでも交換した成果だと信じたい。


 しかし今日は暑い。梅雨とは思えない暑さだ。三十度は超えていそうな気配。薄手のライディングジャケットのベンチレーションは全開にしているがまあ暑い。仕方がないので袖を肘の近くまでたくし上げているのだが剥き出しの前腕は既に赤くなってきている。ジャケットを脱いでしまいたいところだがそれをやると日焼けが更に酷い事になる。


 その昔は腕と首は真っ黒で体幹は真っ白なBurns DO・KA・TA、所謂土方焼けという人も良く見た気がするがここ最近は見ない。絶滅したかな?『暑さに負けずバイク乗ってますよー』アピールの人も沢山いた。俺もその一人だったりするが車のエアコンの魅力に負けて幾星霜。久しぶりのバイク焼けは大変そうだ。


『ズル休みして遊んでたのもろバレじゃん』ですって?


 フッフッフ、体調は昼までに回復して午後は家の草刈りをしていた設定で乗り切ります(実績あり)。多分、バレバレだけど。それらしい理由があれば何とかなる物です。てか有給休暇は数少ない労働者に認められた正当な権利だし。雇用者は正当な理由なくこれを断る事はできないのだよ。この程度の事も容認できない職場ならもう終わってるし絶対ブラックだから転職考えましょ。でも最近は嫌な噂もチラホラと聞こえてくるんだよなー。


 でも今日はそんな仕事のことはキレイさっぱり忘れて無心でアクセルを捻ります。


 迫るカーブを前に軽くブレーキを入れてからシフトを蹴とばして回転を上げる。

 尻を軽くイン側に移して車体を倒し込み、ヘルメットの中の視線はコーナーの出口を見ながらアクセルを開けていく。起き上がろうとする車体を更に重心を落とし込みながら抑え込むと鵞鳥は狙ったラインをスルスルと加速していく。


(やっぱりトルクが太くなってるよな。スムーズだし)


 今日、何度目かの体感にヘルメットの中の顔がついニヤケてしまう。


 操る楽しさ。


 これこそがバイクを一度は手放した俺が忘れられなかった感覚だと思う。

 まるで体の一部かの様な一体感。

 サイズの差なのか車では得難い感覚だと思う。うちのリアルチョロQですらここまでではない。

 今はそれを噛み締めながら更にアクセルを開ける。


『It's the call of the wild〜♪ Like the howling of the wind〜♪

 Call of the wild〜♪ Restless again〜♪』


 懐かしい伸びやかで迫力のあるアメリカ人女性ヴォーカリストの歌声が頭の中でリフレインする。


 感想は一つしかない。


「楽しい――――!!!」



 さあ、今日は何処まで行こうかと道の先の青空に浮かぶ雲を見つめた。

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