第37話 火の鳥

 目の前には小さな平べったい箱が二つ。上面にはメーカー純正パーツである事を示すシールが貼られている。


 中身は勿論、今回交換予定の部品。ステーターコイルとCDIユニットである。


 ジッと見つめて心の中で誓う。


「諭吉さん、貴方達の貴い犠牲は無駄にしない」


 判断基準がガバっている馬鹿である。


 眺めていても鵞鳥が復活する訳でもないので作業に取り掛かろう。


 まずはリアシートの下に納まっているCDIの交換だ。掃除も兼ねてリアカウルを剥がす。うーん、埃を被ったハーネスも怪しいんだよな。


 コネクターを幾つか外しビス固定してあるユニットを外す。箱から取り出した新品部品を繋いで念のため外しておいたバッテリーのマイナス端子を繋いでから試しにセルを回す。


『キュルキュルキュルキュル』


 うん、駄目だ。効果なし。やはりコイルらしい。返品できるのなら返品したいような値段の部品だけど、そこは『予防交換だ。必要な事なんだ』と言い聞かせる。


 諦めてユニットを元通りビスで固定して、フレームやハーネスを掃除してからカウルを戻す。


 よし、本番だ。


 このまま車体左側のジェネレーターカバーを開けたいところだがサイドスタンドのままで開けるとギアの部品がポロポロと落ちてくるらしい。仕方がないのでスイングアームの左右にパンタジャッキをかけて気持ち左側が上がるような状態にしてから作業を始める。念のため小屋の天井の梁を通したロープをリアフェンダーの下を潜らせてもみた。安全第一。バイクの下敷きとかシャレにならん。玩具みたいな水平器初めて役に立ったよ。


 鵞鳥はドライサンプなんて凝った造りのお陰でエンジンオイルを抜かずにバラせるのはありがたい。


 ケースを固定しているボルトを外していくと二本目で気が付いた事があった。


「ヤバ、ボルトの長さが違う」


 そう、場所によって固定ビスの長さが違うのだ。しかもケースを固定しているボルトは見ただけで11か所もある。そんなもん覚えていられる訳がない。


 さて、どうするか。


 暫しの間考え込んでから家に戻って段ボール箱とマジックを持って来た。箱の横っ腹にカバーの絵を描く。出来は画伯のレベルなのだが俺が分かればいいので問題なし。その絵のボルトのある場所にドライバーで穴を開けていく。外したボルトをこの穴に挿していけば組む時に間違えないで済むだろう。分解整備で違うネジを締めちゃったりネジが余るなんてことは避けたいものだ。


 準備が出来たらどんどんボルトを外していく。外したら段ボールの穴へ。全て外し終わって引っ張ってみるがさすがは三十年物。ガスケットが貼りついて外れやしない。仕方がないのでボロ布を当てながらプラハンで軽く叩いていくとようやく外れた。


 問題のステータコイルはケース側に固定されているのでケースを雑巾の上に置いて固定ネジを外していく。本体のネジは驚くほどあっさりと外れたがピックアップコイルのボルトに工具が掛けられない。隙間狭すぎ。こんな狭い所はドライバーかヘキサレンチ使えるようにしておいてもらいたいものだ。「素人が弄るんじゃねぇ」という警告にも思えるがそこは知らんぷりして作業を続ける。工具箱を漁って変態車用に買った薄口のディープソケットを見つけ出し何とか事なきを得た。まあダメだったら本田のオッチャンのとこに借りに行くだけなんだけど。


 ケースとエンジン側にこびりつているガスケットをスクレ―パーでキレイに削り落とす。ケースの中に落ちると要らぬ故障の原因になるから慎重に削っていく。削り終わったらオイルストーンで面出ししてからオイルで湿らせた新しいガスケットを貼り付けるように固定しておく。


 外したコイルと新品のコイルを並べてみるとその色の違いに驚く。新品は銅線の輝きも眩しいほどだが外した方はほぼ真っ黒だ。劣化して切れたとしても納得するしかない。特に見てくれがちょっと違うパルサーコイルが怪しそうだ。


 外すのに苦労したピックアップコイルは付ける時も注意しないといけないらしい。表裏があって間違えるとエンジンがかからない。きちんと数字が見える事を指さし確認して取り付けた。


 後は本体を固定してケースを戻すだけだ。ガスケットがズレないように気を付けながらダンボールからボルトを抜きながら締めていく。まし締めの時はトルクレンチが欲しい所だが小さい奴は持っていない。動いたらオッチャンの工場で借りよう。


 さあ運命の時。これでも動かなかったら俺には手の打ちようがない。

 

「南無三」


 祈りを込めてイグニッションキーを回してからセルスイッチを押す。


『キュルキュルキュルボットットトトトトト』


 キター!!!


 鵞鳥が火の鳥の如く還ってきた。

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