第36話 ある雨の日

 最近の雨は怖い。俺が知っている梅雨の雨は『シトシト』と静かに降り続くものなんだが、ここ最近の雨は『ドドドドー』と降りしきる。紫陽花の葉っぱの上の蝸牛が流される勢いで降る。情緒は裸足で逃げ出したようだ。


 当然、用水路は溢れて道路は冠水するし、道路脇の崖の土砂が崩れたりもする。田舎ではワイルドなリアルサバイバルが身近だったりする。氾濫するような大きな川も近くには無く、家も少し高台になっている場所に立っているのは幸いな事なんだろう。


 いくらレインウェアがおニューだからといって試しに外をうろつくなんてことはしてはいけない。好奇心は猫をも殺すのだ。


 そんなとある雨の日曜日。

 鵞鳥の心臓が止まってから既に一週間。

 まだ部品の発注をかけていない。

 だって高いんですもの。

 

 部品がまだ出るのは確認してもらった。

 発注をかければ三、四日で届くとの事だ。

 発注もしないで何をしているかというとネットの海を漁っています。

 少しでも安くあげたくて足掻いております。


 某オークションサイトを毎日覗いているんですがあるのは新品の半額くらいの中古品ばかり。それも二十年以上昔の部品なんだからいつ壊れてもおかしくないやつ。入札がないのでグルグル回ってる気配。それに諭吉さんを動員するのは無謀過ぎる。予備で新品確保してたけどバイク潰しちゃったんで出品とかの出モノを探してみたんだがそうそう都合よくはいきません。元々六千台しか売れてないバイクなんですもの。そんな奇特なオーナーそもそもいなそう。


 てか鵞鳥以外のグース見た事ないし。既に絶滅の気配が。


「ふぅー、仕方ないよな」


 出た『仕方ない』。

 どの辺が仕方ないのか、何が仕方ないのか当人以外は全く理解できない奴。


 バチバチと窓を叩きつけるような雨音を聞きながら覚悟を決めて携帯を手に取る。


「モシモーシ、本田さんですか」

『おう慎二か。決めたのか』

「はい。発注お願いします。ああ、ケースのガスケットもお願いしますね」

『あいよ。今日は受付休みだから明日の朝一で流しとく。今週中には届くだろうよ』

「分かりました。金曜にでも取りに行きますからよろしくお願いします」

『あいよ。毎度ありー』


 たったこれだけの会話で諭吉さんの団体に羽が生えて飛んでいった。


 そしてこれで金銭感覚麻痺スイッチがONになる。


「そしたらこいつをポチッとな」


 モニターに表示されていたオークションリストの入札ボタンを押した。


 ネットで探し物をすると勝手に関連するキーワードの商品が表示されるのは常識だろう。ほんとAIは良く出来てる。


 普段なら鬱陶しいとしか感じないのだが、事が趣味の話だとかなり有効だったりする。

 ましてや本来の目当てが高額であればあるほどオマケのハードルは低くなる。


 そしてまんまと引っ掛かるマヌケがここに居る。


 いや、俺だって別に買う必要がないものだって事は分かってるんだよ。

 でもね、ほら『あってもいいかなー』とか思っちゃうんだよ。安いし。

 もう出てこないかもしれないし。安いし。


 既に脳内は誰に対して何を言い訳してるのかもわからないカオスです。


 因みにターゲットになったのは社外品のメーターバイザー。


 ネイキッドはフルカウルと比べると走行時の風の抵抗が直撃である。小さくてもカウルあった方がいいかなとは考えていた事でもある。透明や大型の物が多いけどこれは黒塗りでこじんまりとしている。当然ビキニカウルよりスッキリと納まりながら黒塗りな事でその存在もちゃんと主張している。珍しくちょっと角ばっていてカタナっぽいフォルムだ。固定もライトステーに共ばさみするだけだから簡単、簡単。ライト径も180mm用なんで鵞鳥にピッタリ。


 うむ、買わない理由がみつからない。(注:元々、必要ありません)


 大抵の場合こんな事を繰り返しながらカスタムは進んで行ったりするのである。



 今回の格言: AIに 既に人間 踊らされ



 うーん、早くバイザー付けた鵞鳥の姿見たいなー(脳内麻薬セロトニン大量分泌中)。



 雨はまだ暫らくは止みそうにない。

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