第24話 払暁
『ブルッ』
寒さを感じて目が覚めた。
枕元のスマホを見ると時刻はまだ五時半過ぎ。
いくらオッサンでも早起きが過ぎるだろう。
だが寝直すのももったいない気がしてもそもそと寝袋から這い出した。
「寒っ」
寝巻のスエットに革ジャンを羽織ってテントの外に出ると空は白み稜線がハッキリと見えているが太陽が山陰から顔を出すのにはまだ時間がかかりそうだ。
全てを呑み込むような静かな夜の闇はそこにはなかった。
春先の緑が萌える香りに満たされた夜明けのキャンプ場には滝の音だけが淡々と響く。
川の流れを眺めながらマイナスイオンに満たされたような清涼な空気の中で目覚めの一服に火を点ける。
嫌煙家の皆さんからは『台無しじゃん』とか突っ込まれそうだけどそこは好きにさせてもらいましょ。
空気が綺麗なとこで吸う煙草は一味違うんです。
静寂の中の一服を終えテントに戻るとペットボトルの水を鍋に入れてバーナーにかける。
気温が低いんでちょっと心配したけど問題なく火は点いた。
ねっ、CB缶でも結構大丈夫でしょ。
お湯が沸くのを待つ間にステンレスマグカップとコーヒーのドリップパックを準備する。
豆を挽いた方が美味しいのは当然だろうがミルだのドリッパーだの準備する物が多いのは面倒です。
パックでも十分香りも味も楽しめるし美味しいですよ。
それに今日のは家にあった貰い物のタ〇ーズのやつだからちょっと楽しみ。
ここの缶コーヒーは好きなんだよね。
特にブラック。
何なら缶コーヒーを湯煎して温めてもいいくらい。
直火は破裂するので危険です。
お湯が沸いたらまずはタンブラーに入れて器を温める。
これやるだけで冷めにくくなるし味も良くなる気がする。
カップが温まった頃合いを見て冷めたお湯を捨ててからパックをセットしてゆっくりと熱いお湯を注いでいく。
芳醇なコーヒーの香りが鼻を突く。
うん、美味しい。
コーヒーが淹れ終わったら鍋をどかしてホットサンドメーカーをバーナーにかける。
中には食パンに挟まれたハムとチーズがセット済です。
チーズはフィ〇デルフィアのちょっとお高い三層仕立ての奴だぜ。
真夏じゃ厳しいだろうけどこの時期ならいけるだろうとラップに包んできました。
さすがに何でも売ってるとは言ってもパン二枚とかハム一枚、チーズ一枚とかはないからね。
残った食パンとかハムとか土産にもならない物を持って歩くほど積載量に余裕がないので家で仕込んできました。
ホットサンドメーカーに挟んでしまえば場所もとらない。
こんがりキツネ色に焼けたのを確認したら鍋を再びバーナーの上に。
お代わりコーヒー用です。
ドリップパックは三つ持ってきました。
キャンプは夜の焚火も楽しいけど、この朝のゆっくりとした時間もいい。
明けていく空を眺めながら焼きたての香ばしいホットサンドを齧りコーヒーを味わう。
ご褒美以外の何物でもない気がする。
他の二組も起き出したようでトイレに行くのか話し声が聞こえる。
もう少し陽が入るようになったらフライシートを乾かしてから片付けを始めなきゃなと思いながら二杯目のコーヒーを淹れた。
鍋やフライパンを洗ったり焚火台を掃除しながらノンビリと片づけをしているうちに九時を回った。
ドラムバックと纏めたゴミ袋を鵞鳥のタンデムシートに括りつけたら出発準備完了だ。
忘れずにディスクロックを外してからセルを回す。
『キュルキュルキュルボットットットットッ』
音を出したくなかったのでチョークを引かなかったら冷え切ったエンジンは九百回転くらいにしかならなかった。
今にもストールしそうだ。
プラグが被るのも嫌なので仕方なく半分程チョークを開けて回転数を上げた。
長々と暖機するのも迷惑だろうからヘルメットを被り、グローブを着けたら早々にチョークを閉じる。
雑貨屋まではゆっくりと走って店の前でエンジンをかけたまま挨拶をすればその頃には十分温まって回転も上がるだろう。
今日も天気は快晴。
さあ出発だ。
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