第16話 穏やか
峠を越えてスピードを落として後ろを振り返ると、案の定二台の姿は無かった。
そんなに厳しい道でもないからそのうち来るだろうと二速でノロノロと進む。
二台が追い付いてきたのは停まった方がいいかなと思い始めた頃合いだった。
この先は15分くらいでコンビニにつくまでのんびりとした田舎道だ。
回転数を上げて楽しむような場所はない。
休憩はコンビニまで我慢してもらおうとバイクを停めることなくスピードを上げた。
コンビニの駐車場にゆっくりと入る。
田舎のコンビニの駐車場は大抵広い。
ここも例に漏れず大型トラックでも十分に止められるスペースがありながらガラガラに空いているので普通に店舗正面に三台並べてバイクを停めた。
店の敷地で休ませてもらうので取り敢えず挽きたての香りが売りのカップコーヒーを購入。
二人はシュークリームとアイスカフェラテを買っていた。若い。(何が?)
払いはソフトクリームのお礼でオッサンの驕りです。
バイクの前の車止めに腰を下ろしてコーヒーを一口。
一応、二人に喫煙の許可を貰ってから煙草に火を点けた。
真後ろには灰皿が置いてあるからここで吸っても大丈夫だろう。
「峠道は大丈夫だった?」
「ヘアピンカーブみたいなのもあってちょっと怖かったです。豊田さんすぐに見えなくなっちゃったし」
「楽しいと思うスピードは人それぞれだからそこは勘弁してくれ。その後は普通だっただろ?」
「はい。でも、豊田さんはブレーキってあんまり使わないんですか?」
確かに普通に走ってる分にはあんまりブレーキは使わない。
4ストならエンジンブレーキが効くから減速はそれで十分だ。
「そうだね。シフトダウンだけで済ませちゃうのが多いかもね」
「ブレーキランプが点かないのに道が結構曲がってたりしたんでちょっと大変でした」
なるほど、そういう事もあったか。
前の車のブレーキで先の様子を予想するのは当然な事だ。
初心者なら尚更だろう。
教習所でもエンジンブレーキは教えるだろうけど、基本はブレーキでしっかり減速してからシフトダウンだ。
いつも一人で走ってるから気にする事も無かった。
「ゴメン、あんまり誰かと走る事ないから気が付かなかったよ。この先は気を付ける」
基本一人で走る訳は自分の気持ちいいペースで走りたいからだ。
一緒にうまいもの食べたり、くだらないお喋りするのも楽しいけどバイクに乗る一番の目的は楽しく走る事。
自分と違うタイミングのブレーキングや加速は結構なストレスだ。
連れの動きを気にすれば注意力も散漫になって危ないし、無理にペースを合わせようとするのも事故の元だ。
だからある程度走れるようになってからは誰かと連れ立って走る事は避ける様になった。
この辺も少し考えを改めてもいいのかな。
せっかく戻って来たバイクの世界で今までと違う走り方を楽しんでもいいのかもしれない。
「そうだ、この先は三音里ちゃん達が前を走りなよ。俺は後ろから付いてくから好きなペースで走ればいい。この先は一本道だし道も綺麗だから安心して走れるよ」
「大丈夫ですかね」
「大丈夫だよ。峠道もないし、大変な様ならその辺のコンビニでまた順番入れ替えてもいいしさ。せっかくツーリングに来たんだから自分のペースで楽しんで走るのが一番だよ」
「つーちゃん行ってみる?」
物静かな翼ちゃんがコクンと頷く。
口数は少ないけど意外と好奇心は旺盛なのかもしれない。
「翼ちゃんは大人しいね。好きに喋っていいんだよ」
「男の人とあんまり話をした事ないから…」
ちょっと恥ずかしそうに消え入りそうな小声で呟いた。
「確かにこんなオッサン相手であれだろうけど今日は縁あってツーリング仲間だ。気にせず何でも言っていいからね」
「はい、ありがとうございます」
「敬語もいらないよ。老け顔の友達だと思って気軽に頼むよ。三音里ちゃんもね」
「「はい」」
声を揃えて返事をすると二人は顔を見合わせてケラケラと屈託なく笑った。
うーん、若い。(だから何が?)
そんな微笑ましい様子の二人を眺めながらカップに残ったコーヒーの最後の一口を飲み干した。
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