第11話 リターンライダー
『トットットットッ』
白み始めた空の下、鵞鳥の鼓動がアスファルトに響く。
暖機を終えたエンジンは千三百回転を切るぐらいで安定している。
遠足当日の小学生よろしくメッチャ早起きした。
というかしてしまった。
決して年のせいだとは思いたくない。(すっかりジジイ)
久しぶりのバイクでの遠出だ。
楽しみで無いわけがない。
まだ寒さは感じる季節なのでジーンズの下にはヒートテック履いて、ハイネックのフリースの上にトレーナーを着て、ネックウォーマーに革ジャンの冬仕様だ。
陽が昇ったら多少は気温が上がるかもしれないが風を切って走っていれば暑くて困るような事にはならないだろう。
これに備えて新調したものがヘルメット、とグローブ。
昔のSHOEIのフルフェイスがあったがインナーがヘタってるし黴臭い。
カブ用のジェットはちょっと合わないだろうと清水の舞台から飛び降りてみた。
来月のカードの請求がエグい事になってそうだが今は忘れよう。
買ったのはOGKのKABUTO。
俺の記憶ではスキーや自転車のヘルメットだった気がしたが最近はバイク用でも人気らしい。
届いたヘルメットで驚いたのはその軽さ。
手に持っただけで明らかに軽いのが分かった。
これでフルカーボンの上級モデルにしたらもっと軽くなるらしいから驚きだ。
素材の進化は凄いもんだ。
キツメの新品のヘルメットを被り顎紐を留める。
これも便利なラチェット式のワンタッチだ。便利、便利。
サイドスタンドを跳ね上げ跨ると改めてポジションのキツさを感じる。
『ガチャ』
クラッチを握りギアを一速に入れる。
『ブォン』
クラッチを切ったまま軽くアクセルを煽ってからゆっくりと繋ぐ。
エンジンで生み出された力はチェーンを通して後輪に伝わっていく。
動き出したらすぐ二速へシフトアップ。
スピードに合わせて三速、四速とギアを上げていく。
国道との合流交差点でシフトダウン。
アクセルをオフった時にちょっとしゃくれる感じがある。
もう少し繊細なアクセルワークが必要だったりするのだろうか。
シフトは確かに渋めだがそのうちこなれてくることを期待しよう。
変な癖が付いてて走行中のギア抜け起こさなきゃ合格でしょ。
車通りも疎らな国道に入ると五千でギアを繋いでいく。
特に息継ぎも感じずに素直に加速していく。遅いけど。
トルクがモリモリという感じではないがアクセルに合わせた盛り上がりは感じる。
もう少し回したいところだが今日は回転数を押さえてナラシのつもりでいる。
バイクと乗り手の二重の意味での慣らし運転だ。
のんびり300キロくらい走る予定だ。
法定速度の範囲内であれば全く問題なく走れそうだ。
(うん、中々楽しいぞ)
今日の目的地は120キロほど先のダム湖。
特別何がある訳じゃないけど峠道もあって楽しい道だ。
自分の衰えを見るには丁度いいだろう。
田舎は色々大変だけど走って楽しい道が近いのは有り難い。
町まで出ると百メートルも離れないで信号が並んでるなんてストレスでしかない。
そりゃみんな車はオートマ、バイクはスクーターになっちゃうよね。
シフトチェンジを楽しむ余裕くらい残した生活がいいな。
30分ほど走り夜もすっかり明けると道の駅の看板が出てきた。
まだ疲れはないけどバイクの状況を確認したくてちょっと休憩。
車のいない広い駐車場にエンジンをかけたままバイクを停めて一休み。
アイドリングは1400で安定している。
店はまだ開いてないので温かい缶コーヒーを飲みながら朝の一服。
車止めのブロックに腰掛けて缶コーヒーを飲むのがとても懐かしい感じがした。
高校生の時に貰ったボロボロのDT50で初めて遠出した時の事を思い出す。
あの時に缶コーヒーを買ったのはシャッターの閉まった酒屋の前の自動販売機だった。
車でもたまにドライブに出るけど運転しながら煙草もコーヒーも摂れるからドライブはノンストップで走り続ける事が多いからかな。
煙草を吸い終わってから缶コーヒーを片手にバイクをぐるっと見てみる。
吸い殻はもちろん携帯灰皿へ。
目立ったオイル漏れもなさそうだしエンジンからの変な音もない。
至って順調な滑り出しだ。
このまま一日走りとおせる事を祈ろう。
クラッチの遊びが気になったのでアジャスターを引き出して極力遊びを少なく調整する。
低速走行時にカチャカチャと音が出てたが多分カムチェーン辺りだろう。帰ったらテンショナー整備してみよう。
飲み干した空き缶をゴミ箱に捨てて、地面に置いたヘルメットを拾い被る。
さあ、次の休憩は目的地かな。
ロングディスタンスを楽しみましょう。
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