第8話 物好き
「こんちわー」
「おう、珍しいな。車検はまだ先だろ?調子でも悪くなったか?」
この近辺で唯一の車もバイクも耕運機もエンジンで動く物なら何でも扱う修理工場の本田さんだ。
もうじき還暦のはずだが日焼けした顔からは活力がダダ洩れだ。
因みに看板娘の翼ちゃんなどいない。
「いや、変なバイク貰っちゃって弄ってるんですよ。で、部品取ってもらおうと思って」
「変なバイク?何てバイクだ?」
「グースって言う奴なんですけど。知ってます?」
「知らん。外国の奴は面倒だからやらんぞ」
胸を張って即答された。マイナー車あるあるだろう。
「国産、国産。スズキのバイクみたいです」
「スズキなら任せとけ。何とでもなる。で、何が欲しいんだ?」
田舎とスズキは切っても切れないものなのだ。(超偏見)
本田のくせにスズキ好きってややこしいわ!
「エンジン掛けるとこまではやったんですけど、30年近く昔のバイクなんでパッキンとかホースとか一通り変えようと思って。そこまで終わったらタイヤとチェーンの交換とフロントフォークのオーバーホールを頼みたいんです。いけそうならそのまま車検まで」
欲しい部品を書いたメモを廃車証明の写しと一緒に渡す。
純正部品を頼むには車体番号とか色々必要なのは知ってたから準備しました。
「平成4年か。部品出ないかもしれんぞ」
「その時は何か考えますよ。探せば代用品くらい見つかるでしょ」
「タイヤとチェーンは部品持って来れば工賃だけでやってやるぞ」
「助かります。じゃあ引き取りに寄ってもらうまでに準備しときます。あんまり金はかけたくないんで」
「お前んとこは車三台やらせてもらってるから、それくらいはサービスしてやるよ。部品はメーカーに物があれば木曜には届くだろう」
「週末にやるつもりですから金曜に寄りますね」
「ああ、そうしてくれ」
「ホントあいつも物好きだよな。あんな車乗って今度はバイクか」
煙草を燻らせ独り言を呟きながら走り去る一台の軽自動車を見送る。
まるで実物大のチョロQにしか見えないその車には屋根がなかった。
リアバンパーに貼られた赤と青のタ〇ヤ模型のステッカーが更にオモチャ感を醸し出している始末だ。
「さて、注文だけでも済ませとくか。仕事、仕事」
誰にともなくそう言うと油のしみ込んだ指でパソコンのキーを叩き始めた。
チラホラと桜の開花が聞こえてくる時期だが陽が落ちればまだまだ肌寒さを感じる。
そんな夕暮れの風を頬に感じながら愛車を転がす。
その車は軽自動車ながら幌を手動で開閉することができ、エンジンがミッドシップで二人乗りという実用性は全くと言っていいほど考慮されていない変な車だ。
思えばこいつを買ったせいでバイクに乗らなくなったんだった。
(ちょっと遠回りしてみるか)
国道から脇道へハンドルを切る。
バイパスが通ったお陰で今では地元の人間でもあまり通らない細く荒れた旧道だがこの車で遊ぶには丁度いい。
坂を上りながら迫るコーナーの手前でブリッピングしながらシフトレバーを四速から三速、そして二速に落としながら回転数を上げてなおアクセルを踏み込んでいく。
背中から伝わる熱と振動と共に社外品の4本出しマフラーが奏でる排気音が聴覚を刺激する。
ワッシャーを噛ませたりしてショートっぽく仕上げたシフトは手首の返しだけで小気味よくキマる。
荒れた路面用にとバネレートを落とし、ちょっと軟らかめに調整された足回りはロールを巧く吸収しながら低速コーナーを立ち上がっていく。
パワステすら付いていないハンドルから伝わる感覚は今の車には無い物だろう。
低回転ではトルクの乏しいエンジンは四千回転を超えると一気に元気になる。
そこからあっという間に上がるタコメーターの針を八千回転オーバーまで引っ張りシフトアップ。
迫りくる次のコーナーの手前で軽くブレーキを入れて再びシフトダウン。
たった660ccの排気量ながら800㎏を切る車重とアクセルレスポンスがその非力さを忘れさせてくれる。
実際はそんなにスピード出てないのにその気になれるというか何というか。
まぁ、楽しければいいでしょ。気分ですよ気分。
(気持ちいいー)
10年以上乗っていても乗る度に感じる楽しさは色褪せない。
このベタ踏みでふけ切る感覚が楽しいんですよ。
大排気量、大パワーでゆったりもいいんだけど全開にする場所がないからね。
街中で5速まで使って遊べるのは最高でしょ。
だからバイクもリッターSSじゃなくて中型で十分派です。
旧道でのお遊びは五分程度で終わりを告げる。
(あのバイクもこれくらい楽しいといいな。まずは明日の仕事だな。楽しい週末の為に頑張るか)
気分を切り替えて今度こそ家路に就いた。
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