写真⑨

健司は仕事を探すのに苦労していた。拓人の事を考えて勤務時間などの条件が合うところを探すも難しく、取り急ぎスーパーや飲食店の面接にいくつか行ったものの反応は冷たいものだった。大きな要因としては火傷の痕だ。長袖のシャツを着ていても赤紫のまだら模様が手の甲まで広がっているのを、客からの目が気になると指摘されて採用を断られた。

またひとつ面接に行った帰り、先の不安を抱えながら玄関の鍵を開けようとしていたところ後ろから久しい声を聞いた。

「おーい、原さん」

健司が振り向くと曽根の主人が買い物袋を腕に提げてこちらを見ていた。

「お久しぶりです」

「あ~、本当だね」

健司は平日の昼間に見られた事を気にした。

「めずらしいね、こんな時間に」

「はあ、なんというか…」

「有給休暇でも取ったのかい?」

「いえ…」

「まあいいか。どうだい、ちょっとうちで茶でも飲まないか?」

「はい…」

遠慮する健司を察して曽根は促した。

「そんな気遣わなくったっていいよ。たっくんもまだ帰ってこんだろ?」

「はい」

「今スーパーで饅頭買ってきたところだから。ほうじ茶で食うとうまいんだよ、茶飲み相手が欲しかったからさ」

「では、お邪魔させて頂きます」

曽根の朗らかな表情を見て、健司はどこかほっとした。



「わしも1人で家におるんがそろそろ飽きてきてねえ」

曽根は買ってきた饅頭のパックを開けると小皿に乗せて健司に差し出した。

「奥さんまだ退院できそうにないんですか?」

「ん~、まだもう少しかかると医者には言われたけど」

「そうですか」

曽根は急須に茶葉を入れるとポットから湯を出して注いだ。

「腰から上は元気そのものだから、様子見に行ってもずーっと喋ってるよ」

健司は曽根明美の笑い声を思い出してみた。これまで幾度と辛い事があったのを、あの声と励ましがどれほど心を軽くしてくれたかと、そんなふうに振り返った。

「どうかしたかい?」

「あ、いえ…」

曽根が顔色を窺うように見るので健司は咄嗟に急須を手に取った。

「私が淹れます」

「ありがとう」

健司は茶を淹れながら、火傷の痕を曽根の目の前に晒すのは初めてだったかもしれないと思った。しかし今から手袋をする訳にもいかずそのまま湯呑を差し出した。曽根の反応を見るのが怖くなり暫し無言で座った。

「そんなに堅苦しくならんでいいよ。さ、饅頭食べてみてよ」

「すみません、いただきます」

饅頭は外側がカリッとした触感で、中には黒糖餡が入っており曽根が言うようにほうじ茶の香りと相性がいい。甘い物を食べたいという意識すら最近は無くしていた事に気が付いた。

「美味しいです。とても」

「だろう?まだあるから良かったら食べてよ」

「ありがとうございます」

曽根は茶を飲み切ると次の饅頭を手に取った。

「一緒に茶が飲めて嬉しいよ。心配しとったんだ。色々と忙しいだろ?」

「はい… いつもご心配お掛けしてます」

「わしは力になりたいって思って言ったんだよ。こんなじじいだけど、話を聞けば何か協力できるかもしれんからね」

健司は戸惑った。しかし曽根の真剣な目を見て、壊れそうな胸の内を話しても許されるような気がした。

「実は、先月職を失いまして。ずっとあれこれあたってみてはいるんですけど…」

ひとつ話すごとに驚くほど不安や悩みが口からこぼれてくる。途中、手が震えるのを片方の手で押さえながら強く握った。一通り話し終わると徐々に全身の力が抜けていくのを感じた。曽根は腕組みをして相槌も打たず聞いていた。

「あんた、強いねえ。ようここまで耐えてきた。めぐみさんはきっと褒めてるよ」

健司は返事をする余裕もない。

「よし、わしもちょいと考えてみるから、今日だけは忘れてゆっくりしなさい」

健司は頭を深々と下げて黙ったままだった。



家に戻った健司は冷蔵庫に残っている僅かな食材で夕飯の支度を始めた。体がさっきよりも軽い。“ゆっくりしなさい”という言葉が心に沁みている。まだ立ち上がれる、そんな前向きな気持ちになれたのは胸の内を吐き出す事ができたからなのかもしれない。

曽根から仕事の話が来たのはその翌週だった。


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