出会い⑦
どこから走ってきたのか、柳瀬さんの髪からは雨の雫がいくつも流れ落ちている。私を見てもあまり驚くことなくただ息を切らして立っている。
「偶然ですね。どうかしたんですか?」
「うん、ちょっと連絡があってね」
柳瀬さんは、じゃあ、と言って急ぎ足でエレベーターのある方へまっすぐ向かって行った。
エレベーター前に着くと一番奥で柳瀬さんが乗り込むのが見えた。すぐにドアは閉まり、次に来るのを待つことにした。間もなく後ろのエレベーターが到着してそれに乗った。おばさんの病室がある7階のボタンを押す。さっきの柳瀬さんの様子が気になった。誰か大切な人が危ない状態だったりするんだろうか。
7階で降りて談話スペースを通り過ぎた時、遠く先に柳瀬さんがいることに気がついた。この階だったんだ。柳瀬さんは病室の前で立ち止まっている。少しの間ドアに向き合い、ノックをして入っていった。遠くて表情は見えなかったけど、何か深刻な雰囲気があった。
おばさんはフルーツ大福の差し入れを目を輝かせ喜んでくれた。
「ありがとう夕夏ちゃん。すっごく嬉しい」
「喜んでもらえてよかった。まさか近くに東京と同じ店舗があるなんて知らなくて。自分の分も買っちゃいました」
「ここのお店の大福私もテレビで見てね、食べたいなーって思ってたのよ」
「賞味期限は明日までだから、ゆっくり食べて下さい」
「ありがとう。もう少ししたら夕食なの。デザートでいただくわ」
「はい。あ、火曜日退院できるんですよね?遥人くんから聞きました」
「そうなの、やっとよー」
おばさんは私の後ろに目をやった。
「神田さーん」
声がして振り向くと看護師がカーテンを開けた。
「そろそろ点滴外しますね」
「お願いします」
手際よく点滴の針が外されていく。看護師が立ち去るとおばさんは伸びをした。
「ちょっとお手洗い行ってこようかな」
「じゃあ私も出ます」
「もう帰るの?」
「大福だけどうしても持って来たくて顔を出したので」
「ほんとありがとね。明日仕事よね?気をつけて帰って」
「はい。またお店行きます」
2人で病室を出ておばさんは手を振りトイレの方へ歩いて行った。腰が痛いと言っていたのが気になって暫く後ろ姿を見ていた。そしてふと浮かんだ。柳瀬さんが立っていた場所、確かあそこは眠り姫の部屋だーーーーー
「えーなんでこんな並んでんの」
「あの新しくできたビジネスビル、人が出入りしてたから会社員が流れてきてるんじゃない?」
「うー。ここは諦めるしかないか」
ランチで行きつけの定食屋は、普段から満席になることはあるものの列ができるほどの混雑は初めて見た。
「センパイどうします?他の店も混んでるかも」
「今日はコンビニで買って食べよっか」
「そうですね」
宮園さんとコンビニで昼食を買い会社の休憩室に入ると柳瀬さんがいた。
「柳瀬さんまた愛妻弁当だったんですか?」
宮園さんがからかうと柳瀬さんは嬉しそうに言った。
「愛されてるからね」
「うわー、そんなこと堂々と言えるなんてラブラブですね」
「まあね」
柳瀬さんは食べ終わったお弁当箱を片付け始めた。私達はテレビの見える席に座った。
「あ、お箸入ってない」
最悪だ。コンビニまで行って戻ったら10分はかかる。
「最悪ですね。給湯室に割り箸置いてないですかね?」
「見てくる。先食べてて」
誰かがコンビニでもらうスプーンや箸を余らせて置いてあるのを、いつからか整頓好きの山下さんが小箱に入れてくれている。
給湯室に入って箱を開けた。でもデザート用の小さなスプーンが入っているだけだった。
「何探してるの?」
食後はいつも冷蔵庫に立ち寄る柳瀬さんが来た。
「コンビニで買ったご飯にお箸が入ってなくて」
「それなら割り箸あげるよ。ちょっと待ってて」
「えっあるんですか?」
「うん」
柳瀬さんは事務所に入っていった。戻ってくると星柄の袋に包まれた割り箸をくれた。
「ありがとうございます、コンビニ行かなくて済みました」
「いつでも言って。沙織が弁当に箸入れるの忘れ時あるからって買ってきたのを置いてあるんだ」
「それで星柄のなんですね」
「ああ、これね」
柳瀬さんは笑った。その顔を見て聞いてみることにした。
「柳瀬さん、昨日って・・」
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