出会い⑥
病室は6人入る相部屋で遅い時間だからかそれぞれカーテンが閉まっていた。おばさんはベッドに腰掛けた。
「あいたた。もうずっとベッドで寝てるもんだから、腰痛が酷くなっちゃってね」
私は置いてあったパイプ椅子に座った。
「寝転んだ方がいいですよ」
「いい?じゃ、そうさせてもらうわね」
「はい。体の調子、どうですか」
「回復はしてるみたい。でも何が辛いって言えば絶食が一番辛いのよー」
「絶食しないといけないんだ」
「そうなの。入院してからずっと水も飲んじゃいけないし、何にも口にしてないの。点滴だけが唯一の栄養」
「いつ入院したんですか?」
「6月の末だったから、もう5日は立ってるわね。お店閉めようって時に急にお腹が痛くなって立ってられなくなったの」
相当痛かったらしくおばさんは顔を歪めた。
「で、入院ってなったんだけど何もかも急だから店も家も放ってきてるでしょう、心配で。あの2人元気だった?」
「あ、はい。でもいつもよりバタバタしてる感じでしたけど」
「そっか。なら何とかやれるわね」
「やっぱりお店にはおばさんがいないと寂しいです」
「あら、そんなふうに言ってくれるなんて嬉しいわ」
「いえ、本当に。他の常連さんもきっと思ってます」
「じゃあ早く退院して元気な顔見せなきゃね」
普段お店でゆっくり話ができない分、私たちは声を小さくして会話を楽しんだ。お見舞いに何を持ってきたらいいか分からず、雑誌とデパートで買ったタオルセットを渡した。退院したら何か美味しいものを差し入れしよう、そう考えながら私は病院を後にした。
日々暑さが増すことに文句を言う宮園さんを連れて週末は服を買いに出掛けた。度々試着をする宮園さんにコメントを求められたり写真を撮らされることにうんざりもしたけど、私が服選びに悩んでいると好みに合うデザインを色々と見つけてきてくれた。カフェでフラペチーノをかき混ぜながら宮園さんは英語を勉強していると言った。思いもよらない発言に驚いた。将来は服のバイヤーになってたくさん海外を行き来したいらしい。宮園さんはファッションの話を始めたら止まらない。本当に服が好きなんだなと思った。それから仕事は秋に地獄の繁忙期がやってくる話なんかをしていたらあっという間に夕方になった。
「もうこんな時間!?先輩、この後私彼氏とご飯行くんです」
「そうなんだ?じゃあそろそろ出よっか」
彼氏が近くに迎えに来るという宮園さんと別れて私は駅へ向かった。スイーツ販売の店が並ぶ通りを歩いているとフルーツ大福の看板が目に入った。この間遥人君におばさんの具合をメールで聞いたら、普通のご飯を食べられるようにまでなったと返信があった。そういえば長野に引っ越してきた初日の夜、唐風軒でご飯を食べた後おばさんが帰りに苺大福をくれたっけ。まだダンボールが残る部屋でそれを食べた夜を覚えてる。知らない土地で初めての1人暮らし、心細かったけど、あの懐かしい甘さとおばさんの優しさにほっとした。そんな思い出に足が止まり私はショーケースの大福を選び始めた。マスカット、甘夏、テレビで紹介されてたやつ、それと苺。おばさん喜んでくれるといいな。
電車に乗って中央病院付近の駅で降りた。まだ雨の多い時期のため折りたたみ傘を持ち歩くことが多くなった。少し鞄が重くなるけど、持って来て正解だった。空が暗くなってきたと思ったら大きな雨粒が頬をかすった。フルーツ大福の箱ができるだけ揺れないよう袋を気をつけて持ちながら歩いた。
病院に着いて玄関で傘を畳もうと下ろした瞬間、後ろから走ってきた人が私の傘をかすった。
「あっすみません!」
振り向いたその人は息を切らしている。
「柳瀬さん?・・・」
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