出会い⑤
ロッカーで着替えていると階段から誰か上がってくる音がした。
「橋詰センパイッ。おはようございまーす」
「おはよう」
機嫌のいい宮園さんは2つ隣にある自分のロッカーを開くと鞄を入れた。
「見てください、これこの間彼氏とレストランでお祝いした時のケーキなんです」
向けられたスマホの画面を見ると、大きな白いプレートに乗ったケーキがカッティングされた苺や花火で飾られていて「Tatsuya & Hinata 2nd Anniversary」とチョコソースで書かれていた。
「めっちゃ可愛くないですか!?」
「うん、可愛いね」
「ですよねー!てか思ったんですけど、私がここにきてすぐくらいに今の彼氏と付き合いだしたから仕事もちょうど2年経つんです」
「もう2年経つんだね」
「あの最初の頃にいた横山って人、マジ苦手だったなー」
宮園さんは横山さんが退職する代わりに急遽募集して入った新人だった。横山さんの退職理由は聞かされていない。私はまだ自分の業務すら覚えて間もないのに横山さんがいなくなった後のフォローをすることになり苦闘の日々だった。
宮園さんについてはこの近すぎる距離感と甲高い声、部長にすら思ったことをそのまま言ってしまうメンタルに圧倒されたけど、仕事は頑張って覚えようとしているのを見て意外に真面目なんだなと見直した。そして繁忙期には張り詰めた事務所の空気に耐えながら働く同士として2人でご飯に行くことが増え仲良くなった。
「ほんっと、あの時は大変だったなー」
「それ、私のセリフだから」
「ぇえ~、あたしだって一生懸命だったんですよー」
「それは認めるけど、部長と経理の山下さんに変なこと言うたび私が睨まれたんだからね」
「えへっ。でも2年経ってあたしも少しは大人になった感じしません?」
「あんまり変わってないよ」
宮園さんは目を細めた。
「そうだ、今日いつものジェラート屋さん行きません?」
「あー、今日は予定あるんだ」
「あれ?ついに彼氏できたんですか」
「違うって。知り合いの人が入院してお見舞いに行くの」
「そうなんですね」
「ねえ、朝礼まであと3分しかないよ」
「あ゛ー!待ってくださいー」
「あら?夕夏ちゃん?」
病室に向かう途中の談話スペースにおばさんはいた。隣に見知らぬ母子が座っている。
「お店行ったとき遥人君に聞いて、お見舞いに来ました」
母子に会釈すると女の子は足をぶらぶらと揺らした。
「そっかそっか、ごめんねー心配かけて。あ、この子たち親戚なのよ」
母親は気をつかって立ち上がった。
「こんにちは、私達もう帰りますので」
そして何かを思い出したように鞄の中を探った。
「あぶなーい、これ渡すの忘れてた!」
差し出された小箱を受け取ったおばさんは目を見開いた。
「え、これ半年待ちのやつじゃないの!?」
「うん、知り合いがね」
言いかけると私を見た。
「ごめんなさい」
「いいんです、私お手洗い行ってきますから話しててください」
おばさんは、ごめんね、すぐ話終わらせるからと言って手を合わせた。
歩き出すと後ろから声がした。
「ユイナ!勝手にうろうろしないの」
トイレを済ませて通路に出ると、また消毒液の匂いがした。談話スペースまで通路は長い。少し先のところに小さな子供が本を抱えて個室の前に立っている。さっきおばさんの親戚と言っていた子だ。何かを考えているのか、扉をじっと見つめている。近付いて声をかけた。
「ユイナちゃんだっけ、どうかしたの?」
私を見るとニコッと笑って持っていた本を見せた。
「ねむりひめ!」
「そのお話、私も知ってるよ」
ユイナちゃんは首を横に振った。
「ちがうの。このお部屋ね、眠り姫がいるの」
本を私に押し付けると突然両手で個室のドアを勢いよく開いた。
「え!だめだよ!」
中に入っていくユイナちゃんを慌てて追った。
「すみません!・・・」
幸いその人は眠っていた。
「ほら」
嬉しそうにユイナちゃんは指をさす。その大声で私は心臓が飛び出しそうになる。
「うん、そうだね、じゃあ行こうか」
私の反応を期待しているユイナちゃんになんとか笑ってみせた。それで満足したのか背を押すとすんなり外へ出てくれた。振り返り、起きていないのをもう一度確認してからドアを閉めた。
「ねっ?眠り姫いたでしょ?」
「もう、びっくりした・・・」
心臓がドクドク鳴っている。
「この前おばちゃんのお見舞いに来た時に見つけたんだよ。ママずっと喋ってるから探検してたの。あの人、前もあんなふうに寝てたんだよ」
「そうなんだ。これからは勝手に入っちゃだめだよ」
「うん!わかった」
ユイナちゃんは飛び跳ねながら去っていく。
「本、忘れてる」
眠り姫がいると言っていたけど、あの人は男だと思う。確かに髪の長さが肩下あたりまであったけど。
入り口のネームプレートを見た。
青谷 蓮 ーーーーー
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