第6話 契約ってーと、自由とはだいぶ反する気がするよなぁ

「契約だぁ?」


 耳慣れねぇ単語に、俺は思わず聞き返した。


「はい。単刀直入に言います。ゼルシオス様には私の率いる“王立第7空獣ルフトティーア駆逐艦隊”、その戦力としての協力を求めます」

「随分一方的に決めてくれんな……」

「一方的ではありませんよ? 拒否する自由は残してあります。そして、それによって私たちが咎めることもありません。信じるかどうかは、お任せしますが」

「少なくともアンタが噓をついてねぇことだけは分かってるよ」


 さて……どっちが楽しいか、それが問題だ。

 契約に乗るか、それとも戦艦から降りるか。


 俺は真正面のアドレーアを見る。

 緩やかな笑みの背後には、眩しい気配が見える。


 一方、背後のドアを見る。

 そこには、暗い雰囲気の気配が渦巻いていた。


 あー……これ、決まったわ。

 良いことも悪いこともひっくるめて、俺の勘って外れた試しがねぇんだわな。


 契約っつーと気乗りはしねぇが、何となくアドレーアと一緒にいるほうが楽しい気がしてきたんだ。

 自由ってーのは、つまるところ“どれだけいっぱい悩めるか”だ。決め方は人それぞれだが、とにかくそういうもんだと思ってる。


 俺は覚悟を決めると、アドレーアに話しかけた。


「先に風呂入らせろ。話はそれからだ」


     ***


 風呂から上がった俺は、話を仕切り直す。


「戦力っつったな」

「はい。とはいえ、そちらにも事情はあるでしょうから、私直轄ちょっかつの“遊撃隊隊長”という立場にします。遊撃隊であれば、思う存分戦えるでしょう?」

「まーな」


 通常の指揮系統で戦える気がしねぇ。兵隊としちゃ命令違反かます確信があるし、指揮官としても扱いきれる自信がねぇワケだ。

 それを考えると、独立した指揮系統を持つ遊撃隊隊長なら窮屈すぎず戦える。つーて戦いは“ついで”だけどな。


「話をまとめるぜ。アンタは俺に、アンタの下で戦ってほしい。それでいいんだよな?」

「その通りです」

「んじゃ、今度はこっちだ。そんで、アンタは俺に、どういう報酬を払うつもりだ?」


 契約である以上、対価はキッチリせしめていくのが俺の流儀だ。

 これが普通の王国軍兵士ならタダ働きでももろ手を上げて歓迎する話なんだろうが、あいにく俺はひねくれもんでね。家でも学校でもまるで組織っつーもんに馴染めなかったのに、強引に組織に入らされるなら、それだけで山のような手当を請求してえくらいだよ。


「ライラ」

「はい」


 と、アドレーアはずっとそばに控えてたメイドに、何かを指示する。

 次の瞬間、俺の腕輪からホログラムが出てきた。


「契約書か?」

「その写しです。どういう契約内容か、あらためて見て頂きたく」

「どれどれ……」


 ざっと文章全体に目を通す。

 もちろん、勘を使うのも忘れない。“明らかにこれはヤバい”文面とかあったら、契約前になんとかしねぇとロクなことになんねぇからな。


 ただ、アドレーアから嫌な雰囲気がまるで感じられなかったのは間違いじゃねぇ。明らかに危険な文面は無かったし、報酬も割と破格だ。

 そこまでしてでも俺を戦力にしたい、というのは理にかなってる。


 このまま決めてやってもいい……と思いながら、もう一度アドレーアを見る。

 あれ、普通に美人だよな? だいぶちっこいけど。ロリ巨乳ってやつだけど。


 ――決めた。一つ条件を追加しよう。


 俺は下卑た笑みを浮かべながら、アドレーアに話を切り出す。


「内容は確かめたぜ。おおむねこれでいい」

「なるほど。では、契約していただけると?」

「ああ。ただな、一つ報酬に追加してほしいもんがある」

「どういうものでしょう?」


 わざとたっぷり間をおいて、俺は思い浮かんだことを話した。


「それはな……“お前自身”だよ」

「ふむふむ。私を、抱かせろと? 構いませんよ」


 あれ? えらく物分かりがいいな。

 だが、この程度で驚いてちゃ締まらねぇ。


「私自身も、そのくらいのことは切り出される覚悟はありましたからね。貴方が相手であれば、受け入れましょう」

「話が早いな? ところで、そこのメイドは文句ぇのか?」


 同じ女として、俺やアドレーアの決断に不満の一つも抱えていそうな気がした。つーか、そういう雰囲気がにじみ出てる。隠してるつもりなんだろうけど、バレバレなんだよ。


「いえ、ありません」


 だが、声だけならそんな様子を微塵も感じさせず、平静に否定してくる。

 この分だと裏でいろいろ溜めこんでそうだが……忠誠心に関しちゃ、俺と違って一流だよ、アンタ。


「そうかよ」


 適当に切り上げて、アドレーアに向き直る。

 後であのメイドにも声かけとくか。アドレーアとは別の良さがあるからな。胸は同じくらいでけぇけど。見た感じ。


「そんじゃ、いっちょ楽しませてもらいますかね。筆おろしでもあるし」

「うふふ。自信はありませんが、精いっぱいのご奉仕を」


 俺は奥に見えるベッドルームまでアドレーアの手を引こうとして、違和感を覚える。


「ちょっと待て」

「はい」

「アンタ、何か企んでるだろ」

「何をでしょう?」

「とぼけんなよ。アンタからは俺への好意が向けられてる、それは分かってる。けど、アンタが俺にやけに素直に抱かれようとしてんのは、好意だけじゃねぇってこったよ」


 少しばかり声にドスを利かせて、アドレーアの顔を至近距離から覗き見る。

 が、アドレーアも王族、この程度じゃびくともしてねぇ。見た目の可愛さに似合わねぇ胆力だよホント。


「そこまでお見通しであれば、隠そうにも限度があるでしょうね。正直に言わせていただきます。――ゼルシオス様の遺伝子を保管したいのです」

「俺の遺伝子? 保管して何になるってんだ?」


 ぶっちゃけ、使用目的がさっぱりである。せいぜい、子供かクローンを作るくらいだろうが……。


「万が一ゼルシオス様に何かあったときの保険、というものです。できる限り使いたくはありませんが」

「あー……」


 察した。確かに、遺伝子取っとかなきゃ、万一俺が死んだら子供できねぇもんな。

 でも、まだ気になるこたぁあるんだぜ。


「ずいぶん俺にこだわってねぇか?」

「はい。何せ、貴方は英雄の末裔まつえいですから。右手のアザ、そしてあの黒いアドシアに乗っていた事実がその証明です」


 また英雄か。この右手のアザが証拠らしいが……さっぱり自覚がねぇ。


「そんなに貴重なのか?」

「仮に私が貴方を逃がしても、兄弟姉妹がこぞって契約しようとしてくるでしょうね」


 アドレーアにそこまで言わしめるってのは……自覚がまるでねぇだけに、俺は遠い目をしそうになった。


「そういえば……アドレーア、お前って四女だったよな?」

「そうです。第4王女ですので」

「なら、似た者同士だな。俺も四男だ。もっとも、俺は一番下の兄弟だったが」


 それだけじゃねぇ。

 なんとなくだけど、アドレーアとなら一緒にいてやってもいいって気になったワケだ。

 なんだろう、やっぱ自分を好きな人と一緒にいてやりたくなるじゃん? 俺はまだ感情を整理できてねぇけど。


 まっ、全てはこれからだ。


「んじゃ、契約通りお前を報酬に貰うぞ。それも今これからの一度きりじゃねぇ。俺の欲しいときに、いつでも何度でも、だ」

「うふふ、喜んで」


 俺はアドレーアの手を引いて、奥にあるベッドルームまで行った。

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