第5話 昔話だぁ? ま、付き合ってやっか。今の俺はヒマだからよ

 俺が降りると同時に、多数の兵士が取り囲んできた。

 バッチリしっかり銃を向けてきやがるので、俺は両手を上げて降参のポーズをとる。


「なんもしねぇっつの。とりあえず、ここから降ろさせろ」

「まず名前と所属を名乗れ。話はそれからだ」

「所属もなにも……俺はゼルシオス・アルヴァリア。今はとっくに勘当されてるからただのゼルシオスだけどな。んで、所属はいちおうアレン騎士学校。こっちゃつい昨日に卒業済みだ」


 俺の言葉に、兵士たちがざわめきだす。

 兵士の一人が、俺に尋ねてきた。


「アルヴァリア? あの、騎士家の……?」

「そうだよ? それ以外にどこのアルヴァリア家があるってんだか。けど、さっきも言ったが、俺はもう勘当されてっから無関係だよ」

「アレン騎士学校は? アレン騎士学校でアルヴァリアといったら、最強の生徒だったはず……」

「あー、いちおう首席だったな。シュタルヴィント改ももらったよ。もっとも、もうぶっ壊しちまったけどな」


 さっきの戦闘で三首竜サーベロイ・ドラッヒェにやられちまったからな。その代わりにゲットしたのが、ヴェルリート・グレーセアってワケだ。


「それより、もういいだろ? とりあえずここから降ろさせろよ」

「逃げようとは思うなよ」

「逃げるつもりならそもそも着艦してねぇよ」


 俺は悪態をつきながら、ヴェルリート・グレーセアの胸部からゆっくりと降りる。少し遅れて、兵士たちも同様に降りてきた。


「にしても、いつまで手ぇ上げてりゃいいんだ?」

「楽にさせてやる。両手を前に突き出せ」


 素直に従うと、俺に手錠が掛けられる。が、特に文句は無かった。いきなり包囲されたんだ、別に手錠くらい今さらってワケだ。


「とはいえ、少しの辛抱だ。殿下の元まで案内する」

「殿下?」


 ドミニアっつー艦名に、殿下の敬称。

 俺は、ある一人の王女を思い浮かべた。


「もしかして、あの……いてぇ、銃口で突っつくなっつの」

「キリキリ歩け。元とはいえ騎士家の子息なら、しっかりしろ!」

「それがヤなんだよなぁ……」


 今振り返っても、アルヴァリア家にゃロクな思い出がねぇ。俺の性格がひねくれてんのは、半分は生まれつきだがもう半分はあの家の環境、ってヤツだ。

 ま、自分の外に責任を押し付けんのは間違ってる、ってのは過去世の30年で実感してる。してるが、押し付けたいくれぇのザマだった。そういうこった。


「ここだ。くれぐれも、失礼のないように」


 と、歩くこと数分。ある部屋の前で、俺たちは立ち止まった。

 隊長格の兵士が、インターホンで内部に連絡をする。


「到着しました」

「大儀でした。彼だけを部屋の中へ」

「はっ。しかし、護衛は……?」

「ライラがおります。彼女だけで十分です」

「かしこまりました」


 短いやり取りを済ませると、兵士たちが一斉に俺の前に道を作る。


「行けってこったろ?」

「それ以外に方法はないからな」

「やれやれ、しゃーねぇ。会ってくるわ」


 これ以上時間をかけるのも無駄だと思い、俺は部屋に入った。


     ***


「まったく……降りてそうそうひでぇ目に遭ったぜ」


 入るや否や、俺は愚痴をかます。この戦艦の艦長に対する当てつけでもあるな。


「んで? 『失礼のないように』とか言われる相手なんだ、さぞや偉いんだろうなぁオイ?」

「私の兵士たちがご無礼を働いたみたいですわね」


 澄んだソプラノの声が、悲しげな音色を帯びて部屋に響く。

 間違いねぇ。さっき着艦をするように言った声だ。


 俺はこの声の主が、そして目の前にいる女が艦長だと確信しながら、話を続ける。


「ああ、アドシアから出てそうそうに総出でお出迎えだ。銃口までキッチリ突き付けてきやがって、俺は身分を確かに言ったっつーの」

「それはそれは。とても申し訳ないことをしましたわ」

「謝るくらいなら止めろっての」


 嘆息しながら、俺はあらためて目の前の女を見る。


 そこには――誰あろうヴェルセア王国の第4王女、アドレーア・ルフテ・ヴェルセア姫殿下がいた。

 照明の光を優しく返す銀髪、妙にちっさい150cmくれぇの背丈、そして目を引くでけぇ胸。ヴェルセア王国の王族の中でも、こんな特徴を持つのは彼女――アドレーアだけだ。

 ところで……以前会ってた記憶があるんだが、俺の勘違いか?


「しっかしよぉ、どうして俺を着艦させたんだ? 話すだけなら、その必要もねぇってのに」

「うふふ、その理由をすぐ答えて差し上げてもよいのですが。少し、昔話でもいかがでしょう?」

「んあ? まぁいいや、付き合ってやる。今の俺はヒマだからよ」

「ありがとうございます」


 慇懃いんぎんにアドレーアが微笑むと、話を始める。


「それにしても。相変わらずですわね、ゼルシオス様は」

「何がだ?」


 唐突に笑い出すアドレーアに、俺は眉をひそめる。


「誰が相手でも、同じ口調を貫き通すそのさまは。昔から、見ていて憧れでした。思わず、救いの手を差し伸べたくなるほどに」

「救いの手だぁ?」


 何のことだか……と言おうとして、俺はハッとする。


「そういえば……俺が騎士学校時代にボコボコにしたクソ貴族ども。今思っても、なんで俺にはおとがめなしだったんだかな。ひょっとして、それか?」

「その通りですわ。そして、騎士学校を首席で卒業した件。それも、何か不穏な出来事に心当たりは?」

「あー……3位に落とされそうになったらしいアレか」


 今思っても、なんで首席に戻れたのか謎だった。

 確かに、成績は筆記も実技もダントツのトップだった。だが俺は、ろくでもねぇ素行の影響で首席の座から引きずり降ろされそうになったんだったな。


「んで、それがどうしたんだよ?」

「口利きをしたのが私……と言えば、信じてもらえますか?」


 とんでもねぇ話を聞いた。

 気配からすると、噓をついてる様子はまるでねぇ。


 まるでねぇが……そうすぐに飲み込めるほど、俺の心の準備は整ってなかったってこった。


「噓はついてなさそうだからな」

「もちろんです。つく必要もありませんので」

「で、だ。俺への恩を示したところで、何がしてえんだいったい?」


 脅迫か、監禁か。

 あるいは、俺でも予想がつかねぇ事態か。


 警戒していると、アドレーアは穏やかに口を開いた。


「話を戻しましょう。貴方を着艦させた理由です」

「ん? あぁ、それかい」


 そういえばまだだったな。


「二つ、あります。一つは、あの黒色アドシア……ヴェルリート・グレーセアのパイロットが誰か、確かめるため」

「んで、それが俺だったと」

「はい。もう一つは……」


 アドレーアが静かに、息を吸う音が聞こえる。


「契約を結びたいからです。貴方と、私との契約を」

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