第3話 俺の新しい相棒? こんな近くに眠ってやがったのかよ

「いつつ……」


 脱出時の衝撃にうめきながらも、俺はどうにか地面に無事、着地していた。

 正確には、俺を乗せたコクピットブロックだ。まったく、いい技術してるぜこれ。


「にしても……相変わらず、空は大パニックだな」


 俺が市街地への攻撃を避けるようにしたのはいいが、空中じゃあまだ空獣ルフトティーアがうじゃうじゃいやがる。

 あいつらは重素グラヴィタを探知するらしいので、脱出装置にある予備エンジンらしきものはもう眠らせといた。

 とりあえず、見つかる可能性は減っただろう。


「さて、このままここにこもっててもいいが……」


 食料だけなら一週間分はある。

 無論、食うだけじゃなく“出す”こともしなくちゃいけねぇが、それを含めてもやっぱ一週間はいける。


「だが、それじゃつまんねぇな」


 ただ待つ、という行為が俺は苦手だった。

 待つついでに双天一真流の鍛錬をしたり、本を読んだり。そういう方法じゃなきゃ、待てねぇ性分だったんだ。


「……ん?」


 と、俺の勘が何かを告げる。

 シュタルヴィント改の墜落した場所に何かがある、と。


 レーダーを見ると、ここから1kmキロ程度。楽勝だ。


「だったら、行くしかねぇだろ!」


 俺はヘルメットを脱ぐと、コクピットブロックから外に出た。


     ***


 道中襲い掛かる剃刀鳥クリンゲスフォーゲルたちを斬り伏せて、俺はシュタルヴィント改の墜落地点まで向かう。

 さすがに生身だったので少々用心したが、所詮どこにでもいる弱い空獣ルフトティーアだ。刃状になった翼の上面や端にさえ気をつければ、首を落とすだけで仕留められる。

 まぁ、学生時代はこの程度でも驚かれるレベルだったが……。


 と、墜落地点には俺のシュタルヴィント改が、頭と胴体と左腕だけの姿で眠っていた。

 溜めこんでいた重素グラヴィタを使い果たし、こんなところに落ちてきたんだろう。


わりぃな。安らかに眠ってくれ」


 機械に意思があるかなんて、俺は知らねぇ。だが、少なくとも学生時代は、こいつの世話になったんだ。この言葉を言わずにはいられなかった。


 相棒に別れを済ませた俺は、勘に従って残骸の脇を見る。

 そこには、墜落の衝撃で大地――中に眠っているものから見たら天井――が、崩落している場所があった。


「入れ、ってのか?」


 思わずそう呟くが、返事は無い。

 しょうがねぇので、俺は構わず立ち入る。


 おっと、その前に。重素臓ゲー・オーガンがちゃんと機能してるかチェックしねぇとな。

 あ、重素臓ゲー・オーガンってのは、この世界のありとあらゆる生物に備わってる特別な臓器な。人間しかり、空獣ルフトティーアしかり。こいつがあるからこそ、空獣ルフトティーアはもちろん俺たち人間もその気になれば空を飛べる、ってワケだ。


 俺は重素臓ゲー・オーガンとリンクした腕輪を見る。

 ちゃんと水色に光っており、重素グラヴィタを取り込んで分解……まーつまり空を飛べてしかも落下死しねぇ状態になる、ってワケだ。ちなみに通常の状態だと紫色に光る。


 万が一地下深くに空間があって、落下死したんじゃシャレになんねぇからな。予防ってのは、大事だ。


 さて、中に入ってみると、案の定地下深くまで空間がある。普通に入ってたら、地べたまで叩きつけられて死んでたろこれ。

 俺はふわふわ浮きながら、少しずつ高度を落として着地する。これ普通に歩いたほうが速いわ。


 灯りのほとんど無い真っ暗な道を、俺は俺の勘に従って進む。

 勘といっても、五感――視覚や聴覚に働きかける勘だ。言っちまえば、未来予知とかそういうのに近いな。

 どういうワケか前世からあった、俺の強さを支えるもんの一つだ。


 なぁんて考え込みながら歩いてるうちに、やけに広くて天井が高い空間に出る。

 俺の来訪に合わせて、照明が光り出す。


「っ……何だ?」


 眩惑げんわくから立ち直った俺が見たのは――ひときわ巨大な、アドシアだった。


「で、でけぇ……」


 俺の乗ってたシュタルヴィント改の2倍はある巨体。天井からの距離を考えると、40mはありそうだった。

 と、カメラアイが発光する。それだけでなく、胸部装甲も開きだした。


「勝手に起動したのか……?」


 俺は恐る恐る、腕輪が水色に光っているのを確かめてから空中に浮かぶ。

 胸部装甲のある辺りで、アドシアの前にある搭乗用のタラップの手すりを掴むと、着地してから重素臓ゲー・オーガンの機能を元に戻した。


「乗って……いいん、だよな?」


 さすがの俺でも、目の前で突然アドシアが自律起動したら戸惑う。人もいないのに起動するアドシアなんて、普通はありえねえ。

 だが、嫌な予感はまるでしない。むしろ、乗ろうという気分にさえなってきた。まるで、歓迎されている――意思も感情も無いはずのこのアドシアから、そういう気配が感じられるのだ。


 だったら、据え膳食わぬは何とやらである。


「乗せてもらうぜ、巨大なアドシア……!」


 俺がコクピットに座ると、アドシアはそれを確かめたかのように、数秒の間をおいて胸部装甲が閉じる。


『再登録、開始』


 続いて、自動音声らしい声ののち、薄く青い光が俺をなぞるように照らした。

 俺の右手にある十字のアザが、光を受けて輝きだす。生まれたときからあった、けどなんであったかは分からないシロモノだ。


『搭乗者固定処置を開始します。3, 2, 1……』


『固定処置を完了しました。お帰りなさい、英雄よ』

「おい、それはどういう……」


 尋ねようとした次の瞬間、俺の頭に激痛が走る。


「っ……がぁ、っ!」


 歯を食いしばり操縦桿を砕かんばかりに握り、激痛の苦しみをこらえる。

 ごく短い責め苦が明け――俺は、このアドシアの全ての情報を、なぜか正確に思い出せた。


「なんなんだよ、今のは……そうだ、空獣ルフトティーアが!」


 そう。やるべきことはまだ残ってやがる。

 開く天井の光をモニター越しに感じながら、いつの間にか俺は新しい相棒の名前を叫んでいた。


「行こうぜ、“ヴェルリート・グレーセア”……借りをのし付けて返してやらぁ!」

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