キャロル・オブ・ザ・ラッパー

祝 冴八

キャロル・オブ・ザ・ラッパー

 時は十二月二十五日。


 街は、1週間前から既にクリスマスカラーである。今日は朝から雪だった。積もった氷の結晶は、人工のモミの木に飾られたライトを淡く光らせる。


 そんな、美しく飾られた街からずっと離れたところにある、人気のない、小さな公園で、僕はブランコに乗って黄昏れていた。


 クリスマスに一緒にいてくれる友達は居ない、彼女なんてなおさらいない。世間でこのような人間は「クリぼっち」と呼ばれるらしい。ああ虚しや。


 どうしてこんな、薄暗い空から、こんなにもふわふわした美しい白いものが落ちて来るのだろう。人と話さなくても、この幻想的な景色を見ているだけで、僕は満足できる。


 ぼうっと眺めていたその時だった。突然、世界を覆い尽くす灰色の雲に、大きな穴が空き、青い空が顔を出した。まるで何かから避けるように。その穴の中心から、流れ星が流れた。それは、どんどんと大きくなり、まるでこっちに落ちてくるような……え?


「親方! 空から女の子が!」


 落ちてくる、と僕の中で認識されたソレは、可愛らしい少女の形をしていた。僕は何も考えずに、ブランコから飛び降りた。


 少女の背中に、雪のように、白く、輝く、美しい……大きな翼が生えているのが見える。なんて神々しい姿なのだろう。つい見惚れてしまっていた僕をよそに、ソレは頭上を越えた。


 ぼすっ!


 間抜けな音がしたのは、自分のすぐ後ろ。偶然にもそこだけ、もっそりと積もった雪からだった。東京ドーム一個分の大きさだ。というのは嘘だ。


 しかし、そんな事はどうでもいい。空から女の子、いや天使が落ちて来たのだ。それも、僕の元に。感情が困惑と歓喜の間で揺れていたところで、先ほどの雪の山がもぞもぞっと動いて、金髪の女の子の頭がひょっこり出てきた。


「マジ最悪ー! なんなのよもーう!」


 ……おっと何だこいつ。ぱっと見でのチャラ女感が否めない。


「落ちるのが速すぎたら羽根が燃えるなんて聞いてないわ! 人工衛星じゃないんだから!」


 二つ結びにされた、金色の艶のある髪が、少女が動くたびに煌めいた。バサッと音を立てて、次に雪の中から出てきたのは、大きな翼だった。それは、痛々しいほど、先っぽから半分まで焼けて縮れていた。


 ふと、彼女と目が合った。快晴の青空のような透き通った瞳に吸い込まれそうになった。本当に天使のようだ……


「ちょっと! 何見てんのよ! 助けなさいよ!」


 前言撤回。


 しかし翼の生えた少女が雪に埋もれているというオブジェがあるのも見苦しい気もする。とりあえず、彼女を雪から引っ張り出すことにした。


     *


「誰だか知らないけど、助かったわ」


 翼はボロボロだったが、少女の身体には傷ひとつない。立ってみると、頭が僕の顎くらいにくる背丈だった。


「いえ……ええと、大丈夫でしたか」

「大丈夫な訳ないじゃない。見てよこれ! 翼燃えちゃってんのよ! これじゃ飛べないのよ!」


 それは僕に言われても困る。彼女は何故だか焦った表情をしているように見えた。


「あ……あなたは天使なのですか?」


 ついそんな事を訊いてしまった。すると、少女は突然ニィっと笑って、腕を前で組んで胸を張った。


「ふふっ! よくぞ訊いてくれたわね! そう! 私はピリスト神話の天使の一人、ウリルよ!」


 ピ……ピリスト……は分かるけど、神話には無縁なんだけどなあ。ウリルって誰だ。とりあえず強そう。


「そうなんですか……ウリル、さんは、どうしてさっき落ちてきてたのですか」


 直後、こんなにストレートに訊いてよかったのかと不安になってしまう。これが陰キャの性質か、仕方あるまい。


「そうそう! 今日はピリストの生誕祭でしょ? だから、聖歌を歌いにきたの! 本当は、聖地まで飛んで行く筈だったんだけど、これじゃあね……」


 眉毛をハの字にして、焼けてボロボロになった翼を少し動かした。


「それは災難でしたね……」

「あ、敬語やめて。私堅いの嫌いなのよ」


 これ、本当に天使なのかな……まあ、知ってるのは人間の作った勝手なイメージだから善し悪しは言えないか……


「ええと……じゃあウリル。聖地ってどこなのかな? 場所によっては、連れて行ってあげられるけど……」

「あら、それは助かるわ。うんとねぇ、あっ、とりあえずこれは持ってきてるのよ。念のために天界で配られてね」


 そう言うと、履いていたスカートのポケットから何かを取り出した。長方形で、緑色の……


「駅でピッってするやつ‼︎」

「ええ、超便利よこれ」


 人間の物使ってるのか天使って。すっごいびっくりした。


「え、で、目的地は」

「東京国際展示場よ」


 …………。


「コミケかよ! たしかに聖地だけど!」


 一部の人間のな。


「いちいちうるさいわね。で、どうなのよ。こっから遠いの?」


 この天使、礼儀を知らないな。これは天使じゃなくて鳥人間って呼んだ方がいいかもしれないな。


「まあ、遠くはないけど、ソレがあるなら行けないことはないかな……」

「マジ⁉︎ ちょっとやるじゃんあんたガキのくせに!」

「君も十分ガキだよ」


 思っていたのと違うが、今年のクリスマスは一人ではないみたいだ。


     *


「ああああ、マジ最悪。何で電車ってあんな混み混みで空気汚いのよ〜羽根ずっと畳んでて肩凝ったわぁ」


 ゲッソリした顔でヨロヨロと歩く彼女の姿は、まるで通勤疲れのおっさんのようだ。


「ああっ! あれに見えるは我が聖地‼︎」


 歩道を歩いていた途中突然叫び出した。

 彼女が指差していた方向には、知る人ぞ知る巨大な逆三角形の屋根だった。


「おお、天にまします我らの父よ!」


 そう叫んだウリルに振り向くと、いつのまにか彼女は背筋も伸びて、フレッシュな顔立ちになったと思えば、その身体が眩しく発光し出した。


「願わくはみなを崇めさせたまえ!」


 なんの呪文だろうか。ウリルの光はさらに強さを増し、彼女の背中の羽根の縮れが治っていき……少女の腕の長さの三倍はあるような、真っ白ま大きな翼へと変化を遂げた。


「さあ! 走るわよ!」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。ただ、逆三角形を真っ直ぐ見つめる青空色の瞳に、意識を吸い取られていた。


 次の瞬間、自分の身体が宙に浮いた感覚を覚えた。


 その反動で僕は我に返り、周囲がザワザワしているのに気が付く。そして、自分はウリルに小脇に抱えられていることも理解した。


「ウリル、いっきまーす!」

「待って! 何するのかわからないけどまだ心のじゅん……!」


 やっと声が出せたと思ったら、彼女が猛スピードで走り始めた。空気抵抗で顔が歪む。一瞬舌を噛んだ。痛い。


 耳元で、バサッと音が鳴った。雪のように、白く輝く翼が、力強く動くのを見た。コンクリートの道路が遠ざかる。僕らの飛行を目撃したであろう、赤いジャージを着たおじさんがぽかんと口を開けていたのに、フフッと笑ってしまった。


「到着!」


 空の旅は一瞬にして終わった。これだけ破天荒な彼女だが、抱えていた僕のことはゆっくり降ろしてくれた。


「あの、ここって展示場の屋根の上……」

「さあ、歌うわよ!」


 もはや彼女の耳には何も届かないようだ。ぱんっと彼女が両手を叩くと、手元でファンタジー映画よろしくなエフェクトと同時にダイナミックマイクが出現した。


 そして、ウリルは何のためらいもなく、マイクを握り締め、大きく息を吸った……


「HEY全員聴いてるかい? 円盤買うのに一途な愛? せやかて今宵は生誕祭! 千年に一度のラッパーに、税金貢いで萌えて見ない?」


 ウリルの声が、どういうことか、脳内から聞こえた気がした。

 歌……いや、まさかこれは……!?


「天使の……ラップ!?」

「遂に姿を現したか、ウリルよ」


 左から突然声がした。振り向くと、なんとイタリア系の美人な顔立ちの女性が立っていた。さらには、彼女もウリルのような美しい翼を持っていた。世界は知らない事だらけだ。


「私はガル。ピリスト神のもう一人の使いだ。この世界が終わる前に、彼女が世話になった御礼として、そなたにひとつ教えておこうと思ってな」


 さらりと言ったけど、世界が終わるって何だ⁉︎


「Yo! 私はウリル、天空から舞い降りる、愛注ぐ気高きエンジェル、さあ聖地で歌う、このキャロルラップ」


「ウリルは、一億万年に一度、世界を再生するためにここへ送られる天使なんだ」


 ガルは、凛々しく、落ち着いた声で僕に教えてくれた。


「せ、世界を再生……?」

「そう、全世界にビックなインパクトを起こし、破壊し、再び創造するのだ」

「な、何故そんな事を⁉︎」

「彼女によって新たな世界が生み出される。そなたも生まれ変わるのだ」


 そんな……そんな事って……! 何故だろう、僕の中で、ふつふつと何かが湧いてくる——


「——いやだ! まだ僕は夏コミに行った事がないんだ! 神絵師さんのポストカードが欲しいんだ! ウリル! その歌をやめてくれ!」


 僕は無我夢中で彼女に駆け寄った。が、彼女から風が起き、僕の体は後ろへ飛ばされてしまった。


「無駄だ。ウリルはもう、神と対等の力を放出している。近く事さえ不可能だ」


 そんな……ウリル……


「我が才あるビート、スズのリズムに乗って吹き荒らし、ファースト地球の木々を焼き、セカンド命はチリとなり、悪魔も今頃定時で直帰、私の職名破壊の天使」


 ウリルを取り巻く風は次第に強くなり、さらに地震が起こった。空を見上げると、隕石が雨のように落ちてきていた。


 夢なのではないかと何度思っただろうか。いや、夢であってほしいとおもったが、頰を抓っても痛みが伝わる。ウリルはそんな僕をよそにずっと歌っている。


 そして、遂に、僕が足を付いていた屋根も崩れ始めた。僕はそれと共に落下した。


 しばらく、視界内に神々しく輝く二つの光を捉えていたが、いつの間にか、目の前が真っ白になった。僕は意識を失った。



 かすかに、少女の歌が聴こえる。



「あと三十いや二十秒、最後が来る前我は歌う、神は死なんで天使も死なん、楽しい明日を作るアーメン、作品に出てきた団体・人物名は全てフィクションです」

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キャロル・オブ・ザ・ラッパー 祝 冴八 @Charalove58

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