第26話【対価】
「一冊で、千円です」
「えっ、千円でいいんですか」
ぼくは手に取った本をまじまじと見た。片手には収まるが、それなりに分厚い本だ。本文はフルカラーの写真集。展示会のようなものがやっていると思ってひょいと立ち寄ってみたのは、何某フリーマーケットという名前を冠していて、長机の半分を陣地に各々の作ったものを売る形式のようだった。売り物の大半は書籍だが、時折ハンドメイドのアクセサリーやら文具やら、他にも何に使うのかはよく分からないがなんだか面白そうなものが陳列されている。色々目を引かれるものが多すぎてあちらこちらと秋風よりも浮ついた足取りで見て回っていたが、さすがに全部買うのは無理だと思って、ようやく絞り込んだのがこの一冊の写真集だった。二千円か三千円はするだろうと思って財布の千円札を数えていたところだったのだが、そこで千円と言われた。
「あはは、千円で大丈夫ですよ」
軽く笑った店主の男性は、いかにもまだ若そうだった。眼鏡をかけていて、中肉中背。どこにでもいそうなこの男性が、この写真集を作ったという。駆け出しのカメラマンか何かだろうか、それにしてもこの本を作るのにかかったであろう労力の対価に千円は安すぎやしないか。他の本があれば追加で買おうかとも思ったが、生憎机上にはその本一種類しか置かれていない。ぼくは降参して、千円札一枚を男性に差し出した。
「ありがとうございました」
ぼくは手に取った千円の本――ぼくにとっての対価は千円以上の本――を鞄に入れて、会場を後にした。あまりものの入っていない荷物は、少し重くなった。
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