第22話【泣き笑い】

「別れよっか」

 そんな言葉が隣から聞こえてきて、それまでの話を特に聞いているわけではなかったぼくも思わず首を回して隣を見た。駅ビルに入った、どこにでもあるチェーンのカフェテリアの二人席。隣は制服のままの、おそらく高校生の男女だった。このカフェのメニューは廉価で、パフェやスパゲティ、パンなどと飲み物を頼んでも千円以内で収まるから、学生のお財布にも優しいだろう。隣の高校生たちは、どちらも最小サイズの珈琲一杯ずつしかテーブル上に置いていなかった。話は手短に終わらせるつもりだったのかも知れない。なんにしても、ぼくより後に入ってきて、先述の言葉が出てくるまではものの十分もかからなかったのは確かだ。たまたま時計を見ていたから。

 別れを切り出したのは女の子の方だった。つやつやの黒髪は、外は雨だというのに広がることもなく、毛先がセットしたふうでもないのに内巻きになって、まとまって制服の胸ポケットの少し上に収まっている。男の子の方は、特にこれといった強い印象はない。二人とも目立つところはない、どこにでもいそうな若者だった。女の子は少し緊張が見えるものの、迷いのなさそうな決然とした口調だった。どちらかというと男の子のほうが動揺していた。たっぷり数秒間は困ったような顔のまま制止し、それから女の子に理由を聞いた。声が震えていたが、女の子は理路整然とその理由を答えた。男の子はそっかと頷いてまたしばらく黙り、珈琲を飲み干してから空のカップを持って席を立った。

「それじゃあ、先に帰るよ。また、学校で」

 それが二人の最後の言葉だった。女の子は憑き物が落ちたように小さく微笑んで、男の子に手を振った。男の子が店内から消えて、女の子はカップに残っていた珈琲を飲み干した。それから、場所取りという意味なのか上着を席に置いたまま、財布と携帯電話を持って注文カウンターに向かった。数分の後、女の子はフルーツとアイスクリームと生クリームとウエハースの乗ったパフェを持って席に戻ってきた。席について、黙々と食べ始める。彼女の両目から、ぼとぼとと大粒の涙が落ちてきた。それをぬぐうこともなく、一心不乱にパフェを口に運んでいた。しょっぱそうだ。あっという間にパフェのグラスは空になった。彼女は備え付けの紙ナプキンで鼻と目の下をぬぐっていて、なんだか肌荒れしそうな気がしたので、ぼくは鞄の中にあった未開封のポケットティッシュを取り出して、そっと彼女に声をかけた。

「よかったら、これ使ってください。未開封ですから」

 突然声をかけてきた隣人に、彼女は赤い目を丸くしてこちらを見た。急に声を掛けられるとは思わなかったらしい。泣き腫らした上に紙ナプキンで赤くなってしまった顔で、彼女は初めて気が抜けたように顔を緩ませた。

「ありがとうございます」

 礼儀正しく、かと言って妙に恐縮することもなく、彼女はぼくの差し出したポケットティッシュを受け取った。たまたま近くのコンビニで買ったところの、外袋に動物の顔が印刷されたものだったが、ふわふわのうさぎがじいっと無心に見つめるパッケージは彼女のお気に召したようだった。

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