第21話【缶詰】
山中の川沿いの岩壁に沿うように建つ旅館は、その昔文豪もカンヅメで原稿執筆などしたという売り文句に違わず、確かに誘惑も少なくもてなしも申し分なく、そして古めかしい和洋折衷の建築がそのままに残されているところだった。客室の窓を開ければ、はるか眼下に白いしぶきを上げて流れる川が望める。視界を埋めるように聳え立つ山々は、朝霧にけぶる中にも紅葉した木々が赤に黄色にと鮮やかだった。昼間は時折訪れる旅行客や近くの温泉宿に来る人々の車の音、人の声などが聞こえるものの、日が暮れてしまえば辺りは真っ暗、外灯もまばらで足元も覚束ない始末。したがって散歩なども遠くまでは行けない。当然油を売るような店も周囲にはない。よって客室にいるしかなく、カンヅメにはうってつけというわけだった。
ぼくは昔ここに泊まった彼らのように、書き物を生業としているわけでもないし、カンヅメになってまで書く必要のあるものもないわけだが、なんとなく筆を執り、紙に言葉を綴っていた。客室は和室しかないが、ドアや壁は分厚く、そこまで室数が多くないため静かだ。川音だけがくぐもって聞こえる。空は曇っていて、明日は雨のようだ。朝食のお膳とともに届けられたストーブが、じんわりと部屋を暖めている。ぼくは一枚書き終えた紙を大きな卓袱台の上の脇に避けて、次の紙に言葉を続けた。
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