第20話【祭りのあと】

 朝から町中に響いていた鈴の音は、すっかりどこかへと消えてしまった。午前中から手製の神輿を担いで練り歩いていた子どもたちは、正午に神輿の行き先であるこの神社で檀家の子どもたちが演じる巫女神楽の奉納を観たのち、午後は境内で相撲大会に興じていた。実に忙しい一日だと思うのだが、子どもたちの有り余るエネルギーの発散には十分らしく、歓声を上げて丸腰で取っ組み合っていた。今頃、朝からの行事で疲れた子どもは遅めの昼寝をしているか、早めの夕食を食べているのか。いずれにせよ、神社の境内は子どもたちの蹴散らした砂で埃っぽく、一連の秋祭りの後の気だるさに浸っていた。早々と暗くなり始めた境内のベンチに座ったぼくの横には、眼鏡をかけた子どもが座って、携帯ゲーム機でずっとゲームをしていた。格闘ゲームか何かだろうか、まだ成長途中の華奢さの見える指でゲーム機の画面の横や側面についたボタンを器用に操って、時々勝利を示すらしい軽快な音楽が流れる。子どもの黒髪は小さな顔の顎くらいまでの長さで切りそろえられていて、額でやんわりと分けられている。さらさらと流れ落ちる髪を時々鬱陶しそうに耳にかけていた。目が悪いのか、顔に対してやや大きな眼鏡はフレームもつるもがっしりとした造りで、眉つきや目つきを隠していた。髪の生え際のこめかみあたりに、白い粉がムラになってついている。着ているのは身体に対してやや大きいグレーのパーカーにジーンズで、つっかけを靴下の上に履いている。全体的に野暮ったい印象の子どもだったが、集中してゲームをする横顔を見ていると、なんだか潔さすら感じてしまうのだった。

「あんた、このへんの人じゃないでしょ」

 ゲームが一段落したのか、子どもは画面から目を離さないまま急に口を開いた。あまりに唐突だったので、それがぼくに向けられたものだと分かるまでに、少し時間が必要だった。

「あ、うん。たまたま通りすがって」

「ふーん。何しに来たの?」

 このへん、なんもないでしょ。子どもながら達観したような物言いだ。ぼくは正直に頷いた。

「うん、なんもないね」

「仕事?」

「まあ、そんな感じ」

「そ」

 ピコピコ、と電子音が小さく鳴る。屋外だから音量を上げていても不思議ではないのに、控えめな音量でゲームを続けていた。また勝利らしき音楽と、レベルアップしたような音。

「神楽も見てたよね」

「そうだけど、あれだけ人がいたのによく見つけたね」

「……よく見えるんだよ」

 眼鏡の話だろうか。よそ者だから気づきやすいのかもしれない。何しろ、正午の神楽の時はぼくは端に立って見ていたのに、近くにいた話好きそうな老人がわざわざ巫女神楽の解説をしてくれたのだ。曰く、この神社の周辺には昔からいる檀家が多く、その檀家の娘たちから巫女を選出するらしい。巫女となる女の子は小学校の在学中は基本的に毎年巫女神楽を奉納し、その代わり町内会の神輿かつぎは免除。ここ六年間は檀家の娘以外にも、この神社の神主の孫娘が巫女神楽をやっていて、その子がまた将来有望な美人だという。老人があの子だよと指し示した巫女は、他の巫女たちと異なる豪華な金の頭飾りを付け、白小袖に緋袴の巫女装束の上に千早を重ねて舞台の中央の一番前で舞っていた。顔には白粉がはたかれて、目許に紅の線が引かれ、これまた真っ赤な口紅を唇に刷いた姿は確かに美人だが、どこかまだ小学生らしいあどけなさも残っていた。神輿をかつぎたいかも知れないのに、神主の孫娘というだけで六年間特別扱いされるのも本人的にはどうなのかと思わないでもなかったが、地域のことによそ者が口を出すのも野暮だと思って黙っていた。

 また勝利の音楽が流れた。キリの良いところだったのか、子どもはゲームをセーブしてベンチから立ち上がった。

「あんた、いつまでこのへんにいるの?」

「……さあ、どうかなぁ。あまり長くはいないよ」

「そ。まあ、ぶっちゃけ今日の祭りがピークであとはなんにもないから、そんな長くいても楽しくないよ。じゃあね」

 子どもはあっさりと背を向けて、つっかけが砂の地面と擦れるざりざりという音を立てながら去っていった。その横顔の、こめかみに残った白粉はたぶん昼からの名残で、小さな唇にもまだ赤い紅の色が残っていた。あの子は、なんにもないこの土地で形だけでも神に仕え、祭りで舞った。せめてこれからは自由に、思い通りの人生を歩めますようにと、ぼくは心の中から神に願った。

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