第11話【からりと】

 朝起きたら、カーテンの隙間から陽光が差していた。もぞもぞと身体を起こし、思い切ってカーテンを開けて外を見る。空気が少し乾燥した秋晴れの、深い青の空が広がっていた。絶好の洗濯日和、そんな言葉が思い浮かぶ。悪くない気分だ。

 寝間着から着替えて、寝間着もリネンもまとめて洗濯機に放り込んだ。洗濯用の洗剤は確かこの間買ったはず。ダイニングと水回りの境目に雑に置いた袋を探ったら、洗濯用洗剤の小分けの袋が出てきた。封を切って洗剤入れに注ぎ、洗濯機のスイッチを入れた。操作方法がシンプルな洗濯機で助かった。いちいち説明書を見るのは面倒なのだ。

 カップ付きのインスタントコーヒーにはケトルで沸かした湯を入れて、菓子パンをかじりながらぼんやりと外の風景を眺める。壁を伝って、周りの部屋でも人が動き出した音がする。壁が薄いというのは本当らしい。ほとんどが長居をしない一人暮らしの人間だから、声が騒がしいとかいうほどではないのだが、何となく落ち着かない気はする。まあ、ほどほどに睡眠はできたからよしとしよう。

 朝食と言えるのか怪しい適当な食事を終え、顔を洗って歯磨きを終える頃には洗濯が終わった。遠心分離機よろしく高速回転していたドラムの唸りが静まって、電子音とともに蓋のロックが外れる。蓋を開けて、濡れた布の塊を取り出してバスケット代わりのランドリーバッグに放り込み、バルコニーに運ぶ。窓を開けると、ひんやりとした空気が入ってきて、靴下を履いていない爪先を冷やした。備え付けのハンガーに服をつるし、ポールに引っかけていく。リネンは広げて直接ポールにかけて、洗濯ばさみで留めた。すべて干し終わるとなんとなく達成感があった。バルコニーの柵から外を見渡すと、街はすでに昼間と同じように動き始めている。車の音や何かの工事の音が響いていた。朝早いなあと思っていると、こちらと隣のバルコニーを仕切る板の向こうから、窓を開けるからりという音がした。

 反射的に振り返ってしまい、ここはお互いにプライベート空間だから無闇に見ない方がよかったとすぐ後悔した。バルコニーの柵に身を預けるようにしていれば、すぐ隣の部屋くらいは見えてしまう。隣人はシャツとスラックス姿の女性で、いかにもこれから仕事に行くという雰囲気だ。手にはぼくと同じようにランドリーバッグを提げていて、やはり洗濯物を干すところだったらしい。ばっちり目が合ってしまい、ぼくは一言謝って引っ込もうと思ったが、隣人の女性が先に微笑んで口を開いた。

「おはようございます。いい天気ですね」

 快活な挨拶に、ぼくは謝罪の言葉を慌てて引っ込めつつ、そうですねと無難な相槌を打った。隣人は洗濯物を干す手を止めずに言う。

「昨日入られた方ですよね。こちらにはお仕事で?」

「あ、はい、まあ」

 ぼくは曖昧に語尾を濁した。隣人は特に気にした様子もなく、てきぱきと小物を物干しハンガーに吊るしていく。隣人の洗濯物は少なかった。マメに洗濯する人なのかもしれない。

「私も、仕事でここにいるんですけど、週末には出て行くので少し静かになりますよ。短い間ですけど、よろしくお願いしますね」

 隣人ははきはきと言って室内に引っ込んでいった。どこにも嫌味のない所作だった。仕事のできそうな人だなあ、と思いながらぼくはもう一度外の風景に目を戻す。まあ、ぼくも長いことここにいるわけじゃないんだけど。秋風に揺れる洗濯物は、早めに乾きそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る