第10話【水中花】

 花筏といえば、春の風物詩だが、秋のそれは何というのだろう。紅葉筏? 少し語呂が悪い気がする。ともかく、平地より一足早く紅葉の見え始めた山中の寺では、紅葉が細い水の流れに乗って、淀みの水面にゆっくりとたゆたっていた。からくれないに染まる水面には、木立を通して入ってきた陽光がまだらに陰陽を描いて、影の部分は暗い赤、日向は燃える赤。早朝の目には少し眩しいほどだ。

 昨今のパワースポット巡りブームに乗ってか、早朝にも人影はある。いかにも観光目的らしい連れがいるのが何組か。そのほかは、黙々とカメラを構えて風景や動植物にファインダーを向ける人々。ぼくも、半分くらいは自然が見たくてやってきたから人のことは言えないのだが、山奥なら人も少し減るかもというあては外れてしまった。

 庭から本堂に戻り、広々とした畳の片隅に座った。目を閉じると、鳥の声が聞こえてきた。線香の香りが漂ってくる。それでも、耳の端に人の声が引っ掛かってしまう。深呼吸をひとつ。今はただ、あの淀みにたゆたう紅葉のように、あてどもなくぼんやりと、静寂の表面に浮いていたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る