第7話【引き潮】

 海辺の駅は、吹く風の中に潮の香りがした。潮風と言えば多分夏が連想されるだろうけれど、海辺なら季節など関係ない。所詮海は夏のレジャーのひとつに過ぎない人々とは違い、海辺に住み着く人々もいる。駅から見える川には漁船らしきものがいくつも浮いていて、かたちの上では川の体裁を取っていてもそこは海と同じなのだと物語っていた。引き潮の今は全体的に浅くなっているのか、長い足をした千鳥が水面の上にぼんやりと突っ立っている。泥の色をした水面は凪いでいた。人通りもなく車通りもなく静まり返った中で、思い出したように時折やってくる電車だけが時間の経過を刻んでいた。

 川沿いの道は、海に繋がっているのだろうか。ここからでは見えなかった。海の存在はひしひしと感じるのに、防風林と工場の煙突の群れたちが海の景色を隠している。風雨に晒されつつも未だ使われているであろう漁船たちと、堅牢でのっぺりとした灰色の煙突群は、奇妙な均衡を保ちつつ海辺の駅の風景を形作っていた。砂浜も椰子の木もないけれど、濃厚な潮の気配を感じつつ、ぼくは千鳥と同じように呆けたように泥色の水面を眺めた。

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