第6話【どんぐり】

「どんぐり、持って帰っちゃだめって言われた……」

 さっきまで一緒に遊んでいた女の子が、すごすごと公園に戻ってきた。おままごとの道具にする、と言って砂遊び用のプラスチックのバケツに拾い集めていたのだが、たぶんいいと言われたら追加で拾って持って帰るつもりだったのだろう。意気消沈した面持ちで公園に面した家から出てきた時点で、ぼくは察してはいた。

「そっかあ。なんて言われた?」

「虫が湧くんだって」

「ああ……」

 ぼくもそういえばと思い出す。工作用か何かに持って帰ったどんぐりや松ぼっくりをおもちゃ箱に仕舞って置いたら、数日後にうじうじと動く小さな虫が這ってたっけ。それをわざわざ目の前のこの女の子に言うことはしなかった。各家庭で判断することであって、ぼくの口出しする領域ではないと弁えたつもりだったが、結果は同じだったか。しょげた様子の女の子を前にどうしようかなと思っていると、女の子はどんぐりの詰まったバケツを手に目的ありげに歩いて行った。

「どこに行くの?」

「ないしょ」

「えー。ぼくじゃ行っちゃだめな場所?」

 女の子は振り返ってぼくを値踏みするように見た。ぼくは何も言わずに見返す。しばらく見つめあった後、女の子は不意に声を落とした。

「ないしょにできる?」

「できるよ」

 ぼくは真面目に答えた。じゃあ来ていいよと女の子が言ったので、お言葉に甘えてその背中を追った。女の子は公園の中にある雑木林の中に入っていく。ところどころに大きな石があったり、木の根が地面から突き出していたりする足場の悪さに、ぼくは慎重に歩いたが、女の子は慣れているのかすいすいと進んでいった。奥まったところに灌木の茂みがあり、その向こうには管理棟か道具置き場のような鉄筋コンクリート造りの小屋があった。女の子がひょいと茂みと小屋の間に潜り込んだのでぼくがあとについて入ると、灌木の下にぽっかりと開いた隙間に女の子が収まっていた。

「ここ、秘密基地なの」

 秘密基地。なんていい響きだろう。小屋の廂と灌木の枝葉で雨風が避けられるその窪みには、女の子が集めたらしいものが雑多にあった。落ち葉の上に破れたポリ袋を開いて被せたクッション、野の花を摘んできて差した空き缶の花瓶。落ち葉のクッションの傍らに置いてあった窪んだ平らな石を取り上げて、女の子は手近な地面に穴を掘り始めた。

「容れ物がないから、どんぐりはとりあえずここに埋めとく」

「虫に食べられないかな」

「食べられないように落ち葉の中にくるむから、よさそうなやつ、拾ってきて」

 ぼくはいつのまにか女の子の召使になったようだった。はい、と従順に返事をして、ぼくは離れすぎない近くで〝よさそうなやつ〟を探した。といっても女の子の下で働くのは初めてだったので、適当にあたりをつけて何種類かをお持ちしたが、ことごとく却下された。

「小さすぎる。こんなんじゃくるめないよ」

「いや、穴に敷く感じかなぁと思って……」

「それも必要だけど、くるむにはもっと大きな葉っぱがいるよ。大きいやつ、落ちてたじゃん」

 そんなのあったっけ。女の子の落ち葉を見る観点は、どうやらぼくとはだいぶ違ったらしい。ぼくが途方に暮れていると、しょうがないなあと言って女の子は同行してくれた。

 お望みの落ち葉は、秘密基地から離れた場所にあった。公園の入り口近くに門柱のように聳え立つ、名前は知らないが背の高い木。その落ち葉はなるほど人の顔くらい大きくて柔らかかった。枯れすぎずきれいなものを何枚か持って秘密基地に戻り、風呂敷包みのようにどんぐりを中に入れた。それを落ち葉を敷いた穴の中に入れて、大きめな石で蓋をする。手間暇かけてどんぐりを収納した女の子は満足げだった。

「どうして取っておくの?」

「おままごとに使うんだよ」

 女の子はそんなことも分からないのかと言いたげだった。この秘密基地では、小さな窪みにすっぽりと収まり落ち葉のクッションに身を預ける女の子が、全てのルールと常識を握っているのだ。ぼくは召使らしく、そうなんだと素直に頷いた。

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