第3話【かぼちゃ】

「これは今年採れたかぼちゃの天ぷらです」

 給仕の中年の女性は、ことさら出来のいい我が子を自慢するかのように言った。もしこれが近所のスーパーでおつとめ価格で買ってきたかぼちゃであっても、食べられるようにしてあるならぼくは特に疑いも持たず食べただろうけれど、この店は自家農園で育てた野菜で作る料理を売りにしている。駅前でタクシーを拾い、急斜面にある住宅街の中の道を上って、次第に田んぼや畑が増えてきたと思ったら、それらとの境界線がよくわからない農場と古民家を改装したと思しき建屋、それがこの店だ。

 十一月ともなれば、田んぼはとっくに稲刈りを終えてぼそぼそとした地肌を晒していた。斜面に植わった蜜柑はさすが常緑樹、新芽ではなくとも青々とした葉と黄金色の実が枝をしならせていた。店の窓からはそれらが一望できる。丸太の形をそのまま生かした机と椅子、机の真ん中には囲炉裏があるが、今は蓋がされている。メニューには冬季限定メニューというタイトルとともに囲炉裏で温められるぼたん鍋の写真があった。言ってしまえば近頃ありがちな古民家改装レストランだが、美味しいものは美味しい。

 かぼちゃの天ぷらは、給仕の女性の口調に違わず美味しかった。淡い黄金色の衣はさっくりとして、中のかぼちゃはほくほくと甘い。下ごしらえの時に塩が使われているのだろうか、仄かな塩気とかぼちゃの自然な甘みを、身体がこれぞ必要としていたものと言わんばかりに喜んでいる。天つゆや抹茶塩の類はそういえば出されていなかったけれど、すでに塩味がついているなら納得がいく、と食べてから気づいた。炊き立ての白いご飯とずいきの味噌汁、沢庵としば漬け、すりおろした生姜の添えられた湯豆腐、天ぷらはかぼちゃ、さつま芋、大根菜。野菜だけでここまで多彩な味が出せるものなのかと思わず唸ってしまった。ぼくは別に大食いというわけでもなかったが、美味いものを前にすれば自然と箸が進む。気が付いたら皿はどれも空になっていて、程よく冷めた黒豆茶を啜って一息ついた。窓の外では、脚立を立てて蜜柑の収穫が始まっていた。

「もう少ししたら、収穫した蜜柑を剥きますよ。よかったらゆっくりしていってくださいね」

 給仕の女性が、ぼくの横を通りしなにそう言った。ぼくは少し恥ずかしくなりつつも、そうしますと返事をした。

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