瞳に映すもの

あなたは何を見ているんですか?



雨の降っているある梅雨の日。

私はあなたに出会った。


私の一つ上の先輩で。


とってもクールで格好良かった。


無愛想と言って仕舞えばそれまでだけど。

それでも、私は魅せられてしまった。


そんなとき、彼から声をかけてくれた。


「今度食事でもどうかな?」


初めて話した。


声をかけてくれた。


でも、その目は私を視ていなかった。


でも、いつか見てもらえればいい。私は舞い上がっていた。


予定当日──


「行こうか」


待ち合わせより早くきていた彼は私の手を引いて言った。


その顔は笑っているような、悲しんでいるような。


何を思っているのか伝わってこなかった。


人は誰しも動きの一つ一つには感情がこもっていると思う。

強い動きには『怒り』などの強い感情が。

弱々しい動きには『後悔』などの負の感情が。


でも彼の動きは私の知っているどれでもなかった。


簡単に言えば感情がほぼ無い。



「どうしたの?ジッと僕の顔なんか見て」


「いやっ別に」


そうは言ったが目が離せない。


彼が私の方をまっすぐ視ている。


でも、同時に理解した。


なぜ彼の感情が伝わってこないのか。



それは、彼の瞳に感情が映ってないからだ。



見ても伝わってこなかった。


その目はまるで生きる『理由』がなくなった人の目だ。


私はその目をよく知っている。


何か大切なものを失ったのか、大事な人を失ったのか。


どうしてあげればいい?


私の答えはすぐに出た。


「ねぇ──さん?本は読まれますか?」


私が生きる『理由』になればいい。



それからたくさん同じ時間を過ごした。


たくさん食事をして、たくさん本を読んだ。


でも、何も変わることはなく、『七月』が来た。



蝉がよく鳴く、とても暑く、騒がしい日だった。


その日は二人で近くの市営プールに行こうと話していた。


でも、いつまで待ってもその人は現れなかった。


予定に遅れるような人ではなかった。

むしろ予定より早く待ち合わせ場所に来るような人だ。

もちろんドタキャンするような人でも無い。


でも、来なかった。


とんでもない虚無感に苛まれた。


初めて人のために選んだ水着も、あなたにプレゼントとして買ったブレスレットも。


誰に見せることなく、渡すことなく。


一人で帰路についた。



次の日──


一人がなんだか久しぶりな気がして。


とても寂しい。


話す相手もいないし、聞いてくれる相手もいない。


私は耳が寂しくてテレビをつけた。


『──昨夜、──市の──駅から20代男性がホームから飛び降りるという──』


「え?」


死亡したとしてニュースに表示されているのは『彼』だった。


「嘘!」


私は泣き崩れていた。

もう彼に会えない。

また『失ってしまった』



それから一人で行動することが多くなった。

大切な人を作ることをやめた。


でもあるとき彼によく似た人に出会った。



十二月のはじめで、コートを羽織はおらないと凍えるような日だった。


「君は変わっているね。私なんか見て」


不思議でしょうがなかった。

あれから真面目に人と話したことはない。


なんていうんだろう。


話は聞いてるし理解もできるんだけど、意識はどこか上の空で。

でも、彼に容姿のよく似た君を時々見ていた。


「それは君もだろう?何を見て──るの?」


そのとき、君と目があった。


君はずっと見つめていた。


それからたくさんの時を共にした。



ある聖夜。


私は君と待ち合わせをしていた。

君のことだ。待ち合わせより早くきているに違いない。


でも、ふと立ち止まって考えてみた。


『私はなんのために君に会っているんだろう』


そうしたらわからなくなった。


私が君に会うのは、君が『彼』に『似て』いたから。


性格や行動パターンはまるで違う。


その時私に大きなあなが空いているのを感じた。


とても大きくて苦しくて、息ができなくなる。


このまま君にあってもどうなるだろう。


この後は早かった。



家に戻って『準備』をした。

最中、彼の言葉を感じた。


「はやくおいで」


冷めたような、暖かいような。

そんな言葉が聞こえた。


そして私は、彼のいない世界にさよならを言った。


遠のく意識の中『彼』を見た。


想像もできないほどににこやかで。

感情が真正面に来ていて。


どこかおかしくて私も笑った。



その日、女性はその儚く美しい命を散らした。



その瞳はもう


何も映してはいなかった。





男性は気付かぬまま家に帰った。




男性が次に会う人は。





瞳に光を宿らせた



前向きな



女性だろう。

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