If 瞳はあなたを映す

ある日夢を見た。


僕の好きな君が突然この世界いなくなってしまう。


その夢を見た時

『自分の中のとても大事な物を失った』と思った。


自分の胸にとても大きなあなが空いてしまったよう。


その感覚のまま目が覚めた。


とても怖くなった。


恐ろしくなった。


失いたくないと思った。



そのとき、君から連絡がきた。


『ねぇ。今から少し会えない?』


見た瞬間夢を鮮明に思い出した。


失いたくない。


君を、その瞳を。


新月の宵のように暗くて、凪の水面のように澄んでいる。

その瞳を。


僕は走った。

できる限りの全速力で。


君は今にも倒れてしまいそうなような顔色で僕に言った。


「あなたは誰?」


僕は何度も僕の名前を言ったし、君も何度も呼んでくれたはずだ。


『僕は──だよ』


僕はそう言おうと思ったが、咄嗟とっさのところで立ち止まった。


考えてみよう。


君は僕に僕ではない誰かを視て話しているのではないか。


でも、向き合わないといけない。


「僕は──だ」


君はフッと下を向き、小さな水滴を落とした。


「もうここに──さんは居ないのね」


僕の名前だ。


僕が一番知っている僕の名前。

居ない?


僕はここにいる。


思い返せばいつもそうだった。


僕と話しているのに僕と話していない感じがする。


そうだ。きっと僕の前にも『僕』に出会っていたのか。


そう思うと、何もかもがどうでも良くなった気がした。


君が視たいのは僕ではない。

君の黒く澄んだ瞳に魅せられた僕と、瞳以外に魅せられた君。


あぁそうか。

僕が『僕』になって仕舞えばいいんだ。


その日から、僕の世界に色は無くなった。

正確にはあるのだが、僕の脳みそがそれを色として認識しようとしなかった。


ただ一つ。

君を除いては。


その日の夜。

僕は君を普段とは違う場所に誘った。


冷たい風が全身を包み、今にも倒れてしまいそうだ。

でもそうはならない。


お互いがお互いを支えているから。


君は僕の目を見てにっこりと笑った。


「僕はあなたを愛しています──」


「私もよ──」


そして僕らはベッドに飛び込むように、宙に倒れた──



最期、僕らは笑い合ってこの世界に『』を言った。


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