その瞳は何を映す?

文月 いろは

瞳に映るもの

君は何を見ているんだろう?


僕はいつも思っていた。

僕と話している時も目だけは僕をていない。そんな感じだ。


でもある日、僕は初めて君の目を『見た』


──十二月八日。コートに身を包んでいないと凍え死んでしまいそうな日だった。

その日、僕と君は『初めて』話した。


「君は変わっているね。私なんか見て」


「それは君もだろう?何を見て──るの?」


そのとき、僕の目は今まで以上に君の目に釘付けとなった。



新月の宵のように暗くて、凪の水面のように澄んでいた。

まるで吸い込まれそうな君の瞳に僕は、魅せられてしまった。



でもわからなかった。

君の『感情』が。


人は誰しもその目に感情を映す。

目線やハイライトなど、人によっては一度見るだけで深層心理を理解する。なんて人もいるらしい。

僕も人の感情を読み取るのは得意な方だった。

流石に考えていることまではわからないけど、上部だけの感情はなんとなくわかる。


でも、君の目からは何も読み取れなかった。


怒っているのか、悲しんでいるのか、嬉しいのか。


何もわからない。


でも、だから、僕はその目が好きなのかもしれない。


もっと知りたい、もっと見ていたい。


そんな目だ。



その日から僕と君はたくさん話した。

一緒に本を読んで、一緒に食事をして。


でもわからなかった。

どんな本を読んでも、君の目は『変わらなかった』


綺麗で、澄んで、輝いていて。

その目が大好きなんだな。


そして、『十二月二十四日クリスマス・イブ』が来た。

雲はなくて、月と星が煌々と輝いていた。


そんな今日。

僕は君と待ち合わせをしている。



でも、君は現れなかった。

待ち合わせの時間に遅れるような人ではなかったし、ドタキャンする人でもなかった。

なんで来ないんだろう。


もしかして、もう君の瞳に僕は映ってないのかな?


むしろ最初から、僕を視る気がなかったのかな。


僕は聖夜に一人で歩みを進めた──



次の日──


大学に行っても君は居なかった。

いつも座る席に誰も居ないのがどうしても不思議で。

自分に大きなあなが空いてしまったよう。


何も考えられなくて、話は聞いてるけど意識は上の空で。


何もやる気が出ないような──

何も視ることができないような──



君はいつまで経っても現れなくて、『半年』が過ぎた。



でもある雨の日、君によく似た人と出会った。


とてもよく似ていた仕草も、読む本の趣向も。


出会ってからたくさん話をした、たくさん食事をした。


でも、君に似ているだけ。瞳は全くの別物だった。

色は黒、でも、綺麗さを感じられなかった。

まるで日本刀に不純物が混ざっているような。『紛い物』。

僕はなんのためにこの子に会っているんだろう。


君ではないのに。


そう考えたら何もわからなくなった。



気づけば駅のホームから身を投げていた。


突進してくる電車に当たる前に、『君』を見た。


いつもの目で、僕を見ていて。


とても汐らしく微笑んでいた。


この日、一つの命が儚く散った。



次の日──

「嘘!」

女性はニュースを見て泣いていた。


生きる理由を失った者が、その命を散らした出来事。


彼女はその人物を好いていた。


彼女の心にぽっかりと空いてしまった孔と彼女はどう向き合うのだろうか。


彼女の瞳は新月の宵のように暗くて、凪の水面のように澄んでいた。


周りの全てを映し、全てを吸い込むようだった。


君は何を見ているんだろう?

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