第11話 変態伝道師タクミ(カナブン編2)

 ハルの言葉をきっかけに5秒間部屋が静寂に包まれた。


「まあ…… そうなるよな」


「だね……」


 ナツキは小さく咳払いをし、ハルの方へと顔を向き直す。


「植防っていうのは法律の名前。植物防疫法の略だな。日本の農作物を守るための法律って言った方が分かりやすいね」


「その法律とカナブンってどういう関係があるの?」


「植物防疫法には農作物に悪影響を与える動植物の輸出入を規制するっていうのがあるんだ。それにカナブンが入ってるんだ。というかコガネムシの仲間は全部。もちろんクワガタやカブトもだな。ちなみに規制されてる虫を密輸とか販売するともれなく逮捕される」


「あれ?でもなんで売られてるの?」


「ああ~……それ聞いちゃうか……」


 レイの質問にタクミは困った面持ちで答えていく。


「植防は輸入や販売には罰則があるけど飼育に関しては無いんだ。防疫所の人達は規制種の飼育もダメって言ってるんだけどな…… 出品されてる量が多いから注意喚起とかが追い付いてない」


「最終的には飼育者の良心に任せるってことね」


「なんかすごい複雑……」


「まあでも、ちゃんと守っていれば面白い虫なんだぜ、カナブンって」


 このままでは沈んだ空気になってしまうと思ったのか、タクミは話題をカナブンの飼育に戻した。


「コイツはレモンサザナミとかレモンガラっていうカラーのやつ。黒い模様があるのが特徴だな」


「ということは模様が無い子もいるの?」


 ハルはケースを覗きながらタクミに質問する。


「そう。そっちはレモンベタって言われてる。同じようにオレンジサザナミとオレンジベタっていうオレンジ色をしたカラーもいるんだぜ」


 現在流通しているオーベルチュールオオツノカナブンには黄色 (レモン色)とオレンジ色の2カラーがある。それぞれのカラーには黒い模様が入ったサザナミ (ガラ)と模様がないベタという2パターンがある。


「タクミ。この模様って遺伝するの?」


 今度はナツキがタクミに質問をする。


「遺伝しやすいって言った方が正しいな。例えばレモンベタ同士を掛け合わせてもレモンサザナミが産まれることもある。もちろん逆も然り」


「なるほど……」


 ナツキとハルはケースの中に鎮座しているオーベルチュールをじっと眺めている。カナブンらしからぬ体躯に鮮やかなカラーと魅惑的な模様。それらは見る者全てを釘付けにしてしまうまるで魔法のようなものである。


「さーて。そろそろ蓋しねえと……」


 タクミが蓋をしようとした時、持っていた蓋を誤ってケースの上に落としてしまった。


「あっ、やっべ」


 その瞬間、今まで石像のように動かなかったオーベルチュールがまるで魔法にでもかかったかのように突然動きまわり始めたのだ。そして硬い翅の下からニュッと黒く薄い翅を出し、マットを舞い上がらせながらケース内で羽ばたいた。


「ひゃっ!!」


 部屋中に鳴り響くほどの爆音の羽音に驚いたハルは思わず隣にいる誰かに抱きついた。その誰かというのは……ナツキだった。


「ちょっ……!桑方さん……!!」


「ご、ゴメンね…… ビックリしちゃってつい……」


 ナツキは頬を少し赤らめ動揺した。二人のやり取りを見ていたレイは少しニヤニヤしながらタクミに耳打ちをした。


「二人ともいい感じじゃない?」


「だな」


「二人とも何話してんだ」


「「い……いやあ。なんにも~」」


 ナツキの鋭い眼差しと声音が二人へと向けられ、二人は素知らぬ顔で受け流す。


「それよりも驚かせてしまって悪いな。桑方さん」


「ううん、大丈夫だよ。ちょっとビックリしたけど……」


「あれはさすがに驚いたよ。タクミ君」


「いやあ悪い悪い」


 タクミはオーベルチュールのケースに蓋をして元の場所に戻した。その間レイは部屋中に並んでいるメタルラックを眺めている。その時、彼女の視界にとあるラベルが貼られたケースが入ってきた。彼女はラベルに書かれている虫の名前を声に出して読んだ。


「ヒョウタンクワガタ……?」

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