第10話 変態伝道師タクミ(カナブン編1)
タクミの自宅は川西クワガタセンターの裏側にある。そのため、四人はものの2分で自宅に着くことができた。
「さあ、上がって上がって」
扉を開け、先に玄関に入ったタクミが上がるよう促すと三人はお邪魔しますと言いながら家に入っていく。中に入ると玄関のすぐ近くにタクミの部屋がある2階へ続く階段があり、四人はタクミを先頭にゆっくりと上がっていった。
部屋へと向かっている間、ハルとレイはまるで初めて訪れた水族館か博物館の展示を見るように歩きながらキョロキョロと辺りを見たりしていた。その様子からして、二人は明らかにそわそわしている。
「ん?二人ともどうしたの?」
タクミの後ろを歩いていたナツキが歩みを止め、不思議そうな面持ちで二人を見下ろす。
「あたし、今までの人生の中で男の子の家に上がったこと無いんだよね~ なんかドキドキする」
「私も~」
「そうか? 私は何度も来てるから別に何も思わないけど」
「くっ……なんかどっかのギャルゲーみたいなシチュで羨ましい……! 」
悔しがってるレイが発した言葉にナツキは少し首を傾げた。おそらくナツキは彼女が言った言葉の意味を理解していない。それもそのはず、ここには小学生の頃からよく遊びに来ているのだ。ナツキにとってタクミの自宅に遊びに来るということは空気を吸うのと同じくらい普通なことなのだ。
階段を上がりきるとすぐそこにドアがあった。
「ここが俺の部屋。ちょっと散らかってるけどな」
タクミがゆっくりと扉を開け、部屋の中が露になる。目の前に広がる光景にレイとハルは思わず目を丸くし、驚きのあまり口が半開きになっている。この光景を見れば、誰であろうとも彼女らと同じ反応を必ずするはずだ。
彼女たちの目の前にはさっきまでいた川西クワガタセンターと全く同じような光景が広がっている。6畳程の部屋に天井まで届くメタルラックが4台ほどそびえ立ち、全ての段がマットが入ったケースやビンによって埋め尽くされている。その様はまるでスチームパンクのファンタジーに登場する機械仕掛けの城のようだ。
「す……すごい……」
先に口を開いたのはハルだった。
「まるでショップみたいね……」
「二人とも驚いただろ? 」
「川西君、ここにいるのってほとんどカブトムシなの?」
「まあそうだな。ほとんどはカブトだけどクワガタとかも少しいるって感じだね」
ハルは品定めするように手前側のメタルラックに置かれている飼育ケースを一つ一つ見ていく。すると
「あれ?これって……」
「桑方さんどうした?」
「これカナブンって書いてあるけど、カナブンってあのカナブン?」
ハルが指差したケースには文房具コーナーで売られてる大きい付箋が貼られ「オーベルチュールオオツノカナブン」と黒いペンで書かれている。
「ああ、そうだぜ。見せようか? 二人とも絶対おどろくぞ~」
そう言うとタクミはオーベルチュールが入っているケースの蓋を開け、成虫管理用マットを掘り返す。底の部分に近づいたとき、その姿を現した。
「タクミくん。これ、カブトムシじゃないの?」
「カナブンなのにツノが付いてる……」
二人が驚くのも当然だ。ケースの中にはカナブンとは思えないほどの大きさの虫が鎮座していた。薄い黄色──レモン色と言った方がいいだろう──に黒い模様が施された翅。そして頭にはサイのようにツノがついている。その姿はまるでカブトムシのようだ。
「スゴいだろ!これがオーベルチュールオオツノカナブンさ!」
──オーベルチュールオオツノカナブン。主にアフリカのタンザニア周辺に生息している大型のカナブンである。日本でカナブンと聞くと、多くの人はたまに外で飛んでいる緑色の昆虫を思い浮かべるだろう。しかし、世界にはオーベルチュールのようにツノを持ったカナブンも存在するのだ。特にアフリカにはそのようなカナブンが数多く生息している。カブトムシのようながっしりとした体とツノ、美しい体色、紋様…… 魅力的な部分が多いこのカナブン。その美しさから多くのファンが存在し、昆虫ショップや通販でも売られていることがある。
「これってゴライアスと同じ仲間? なんか模様とかツノが似てるけど」
ナツキはケースの中にいるオーベルチュールをまじまじと見ながら質問した。
「いや、ゴライアスとは別の仲間だな。というかそもそもゴライアスは
「あれって植防規制種なんだな。ん?でもこの前ネットオークションで売られてるの見たけど……」
「あ~あれね。今オークションで出回ってるのは規制前に入ってきたやつの子孫。ネットではグレーゾーンって言ってるやつがいるけど一応アウトだな。法的拘束力はないけど」
「なるほど。ということは暗黙のルールって感じね」
「そんな感じ」
ナツキとタクミが聞くからに難しそうな会話をしている間、ハルとレイは置いてけぼりの状態になっていた。会話の輪に入ろうと試みるも話題が専門的過ぎて二人が入る余地が無く、なかなか入れない。
「あ……あのさ」
そんな中先陣を切ったのはハルだった。彼女の言葉により白熱していた会話はすぐにストップする。
「
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