第9話 星を抱くクワガタ

 ケースの中にいるクワガタを言い表すなら「星を抱くクワガタ」が的確であろう。黒くて平らな体、硬い上翅じょうしには何本も線が通っている。オスの体長は40ミリ。大型とは言えないものの、大顎の根元についている突起の形状がこのクワガタの存在感を醸し出している。


「このクワガタのハサミ、変わってるね~ 」


 ハルが驚くのも納得である。大顎の根元に見えているのはまさしく


「でしょ~ これが私のお気に入り、プラティオドンネブトクワガタさ!」


 ──プラティオドンネブトクワガタ ニューギニア島周辺に生息しているクワガタで、ネブトクワガタという種類の中でも比較的大型になるものだ。


「やっぱりなんと言ってもこの星が堪んないね! 初めて見たとき一瞬で一目惚れしたっけな~」


「そうなんだ!こんなクワガタ今まで見たことなかったよ~」


「別名“オノツキネブトクワガタ”って言われてるくらいだからね。ネブトの中でこんなに突起が発達するのはこの子ぐらいだよ!」


 一番の特徴はやはり大顎の根元にある突起である。ネブトクワガタの名前の由来にもなっているこの突起だがこのクワガタの場合、他の種類に比べとても発達している。この突起は大型になればなるほど星のような形になる。つまり、この星形の突起は大型のオスだけが持つことができる栄誉あるものなのだ。


「レイの初めてのクワガタがプラティオドンだからね。それ選んだときは驚いたな」


 ナツキはうっすら笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「どうしてそんなに驚いたの?」


「ネブトクワガタってどちらかというとマニア向けなクワガタなんだよ。繁殖方法も普通のクワガタとは違うし、種類によっては産卵がとっても難しいのもいるからな。まあ、プラティオドンはマットの種類さえ気を付ければ初心者でも簡単に殖やせるけど、それでも最初の一匹にネブトを選ぶ人ってなかなかいないんだよ」


 プラティオドンは他のネブトクワガタと比べ繁殖がとても容易である。よく発酵したマット──黒い色をしたマット──を選んで使えば誰でも簡単に卵を産ませることができるのだ。


「へえ~ 変わったクワガタなんだね~」


「そこがいいんだよ~ それに小スペースで殖やせるから、部屋のほとんどがゴスワルグッズでいっぱいになってるあたしにとってピッタリなクワガタだしね~ おかげでネブトにスッゴいハマっちゃった!」


 レイがプラティオドンの飼育を始めてから、彼女は徐々にネブトクワガタにハマっていき、いつしか彼女の飼育スペースは全て国内外のネブトクワガタで満たされていった。


「「まさに変態だな」」


 ナツキとタクミは声を揃えてレイを「変態」と呼んだ。


「いやいや、タクミくんだって超マニアックな虫飼ってるじゃん!君も十分変態だよ」


「あ~言われてみればそうだな。タクミ、お前も変態だ」


「なんだよ二人して!」


 タクミとレイが笑い合っているとさっきまで蚊帳の外だったハルがナツキの耳元で囁きながら質問をした。


「ねえねえ、さっきから変態変態って言ってるけどどういう意味」


「ああ、あれね。マニアックなクワカブをいっぱい飼ってるって人っていう意味。私達三人の間で使ってる言葉だね。タクミはカブトの他にもマニアックな種類もたくさん飼ってるんだよ」


「あ~ビックリした。本当に変態かと思ったよ……」


 どうやらハルは一般的な意味の方の変態だと思っていたようだ。レイ達が使っていた「変態」の意味を知り、ハルは少し安堵する。そして同時に、彼女の中である好奇心が湧いてきた。


「私、川西君のカブトムシ見てみたいな~」


 溢れ出た好奇心は声となり、三人の耳に飛び込んでくる。


「お、それなら俺の部屋に来る?せっかく阿古谷ちゃんも来てるんだし他のみんなも来るか?」


「いいの?」


「全然大丈夫。家もすぐ近くだから今からでも行けるぜ~ お二人さんは?」


「あたしもタクミくんの飼育部屋見てみたいな!」


「私もしばらく行ってないからちょっと見てみたいかな?」


「よし!そうと決まれば早速行こうか!」


 急遽決まったタクミの飼育部屋ツアー。三人は期待に胸を膨らませながら店を後にする。しかし、このときの三人はまだ知らなかった。彼が真のだったということに……

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