第46話

「これを見てごらんよ。」

お杉ちゃんが一枚の写真を見せてくれた。

「ん?これ、ママ?」

「そうだよ。フキおばちゃんと阿紀ちゃんだよ。」

写真に写っているのは、茶色のお召しの着物姿の老婦人と淡いピンク色の振り袖姿の若い女性。カラーの写真で初めて見たフキさん。以前、お杉ちゃんにフキさんの若い頃の写真を見せてもらったが、それとくらべると、ずいぶん温和な感じがする。若い娘のママは恥ずかしそうに笑っていて、別人のようだ。

「フキおばちゃんが喜んで、うちに持ってきた写真でね。それまでこんなことする人じゃなかったんだよ。人に自慢しているように思われるのを嫌う人だったからね。でも、この時は本当に嬉しかったんだろう。無邪気に喜んでね、フキおばちゃん。」

「初めて見たな。ママの振り袖姿。」

「振り袖を着るつもりはないって、阿紀ちゃんが頑固に言うのを、フキおばちゃんが成人式は一生に一回だからって、振り袖、買ったんだよ。阿紀ちゃん、お金のいることは、何かと気兼ねをしてたんだよ。だって、結局、フキおばちゃんが出すんだから。阿紀ちゃん、私立の中学、高校だったけど、成績優秀で、特待生で授業料免除だったんだ。でも、芙美ちゃんはやりくりが大変だったのか、いつもイライラしていたみたいで。ほんと、喜之さんにはもっと、父親としての自覚を持ってほしかったね。」

お杉ちゃんの言葉の端々から祖父に対する非難の気持ちを感じる。

「阿紀ちゃんの振り袖がフキおばちゃんの最後の楽しみだったんだよ。」

「えっ!どういうこと?」

「阿紀ちゃんの成人式が終わってすぐにフキおばちゃん、亡くなったんだ。」

「えっ!どうして。」

「庄助おじさんが亡くなってから、芙美ちゃんはほとんどフキおばちゃんと一緒に母屋にいたんだけど、食事とか寝るのはそれぞれの家でね。まあ、フキおばちゃん、喜之さんの顔を見たくなかったんじゃないかな。それは阿紀ちゃんも同じだったかもしれないね。大学は家から通っていたけど、図書館で勉強するとか、家庭教師やら塾の先生のアルバイトやらで、あまり家にいないように思ったよ。

フキおばちゃんが一人で食べたい時に食べる方が気楽だって言うんで、芙美ちゃんがおかずをはこんでいたよ。

あの日、芙美ちゃんが朝ご飯のおかずを持って、母屋の方に行ったら、フキおばちゃんが夜中の間に亡くなっていたんだよ。そりゃもう、芙美ちゃんの取り乱し用は普通じゃなかったよ。」

フキさんは一人であの世に旅立って行ったのだ。



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