第35話

「芙美ちゃん、本当に可愛らしい花嫁さんだったよ。昔のことで、家で結婚式をやったのさ。でも、フキおばちゃん、張り切ってね。芙美ちゃんの打掛、貸衣装だったけど、縫い上がったばかりで、誰も袖をとおしてないのを選んでさ。」

お杉ちゃんは懐かしそうに思い出にひたっている。

そう言えば、祖母が自分の結婚式の写真を私に見せてくれたことがあった。

祖母が角隠しと、白地に金色の刺繍の打掛、祖父はモーニングスーツで、奇妙な感じがしたのを覚えている。でも、花嫁姿の祖母は確かに可愛らしかった。祖父も端正な顔立ちだった。

「喜之さんはね、となり町の農家の長男として産まれたんだけど、生みの母親が喜之さんを産んですぐ亡くなったんだよ。」

「そんな話、初めて聞いた。」

「それで、新しいお母さんがきたんだけど、当然、子供ができるだろう。弟が二人できると、長男って言ってもさ、居心地が悪かったんだろう。それで、婿入りしてもいいってことになってさ。フキおばちゃんも庄助おじさんも、喜之さんが不憫だ、私達が可愛がって大事にするって。」

お杉ちゃんはふと、黙ってしまった。

「どうしたの?」

「喜之さんは人懐っこくてなかなかの好青年だったよ。芙美ちゃんが高卒だからって見下したりしないし、庄助おじさんが静枝さんとつきあっているのを知っても、フキおばちゃんや芙美ちゃんに嫌味を言ったりしないし。フキおばちゃんに『もし、親父さんがあちらの家で何かあれば、俺が迎えに行くから、お義母さんは心配しなくていいですよ。』って言ってさ。」

「すごくいい人じゃん!」

お杉ちゃんが頭を振った。

「口は上手に言うんだけどね。金使いがあらくてね。浮気はしないんだけど、車やら、旅行やら、趣味の類いに給料を使ってしまうところがあって。」

「それ、結婚生活するのに、駄目でしょ。」

「フキおばちゃんと芙美ちゃんに、新たな苦労が始まったんだよ。」

祖母が祖父のことをあまり話さなかったのが、わかるような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る