第32話

「おばあちゃん、本当に高校卒業してから何もしなかったの?」

私は信じられない思いだった。

「まあ、当時の若い娘がした花嫁修業はしたけど。ちょこっと、お茶やお華を習ったり、近所で洋裁と和裁を習ったり。フキおばちゃんは内心がっかりしたんじゃないかね。フキおばちゃんは、せめて短大に行けとか、勉強が嫌になったのなら、いっそ、和裁や洋裁の専門学校はどうだとか、芙美ちゃんに言ってた。フキおばちゃんの口癖があってさ。『お金や土地は騙されて盗られることがある。でも、学んで身につけたものは、誰にも盗られない。』よく、そう言ってたよ。でも、その時の芙美ちゃんの心には響かなかった。」

「本当に、家にいたんだ、おばあちゃん。よく息がつまらなかったね。」

「まあ、家事っていっても、今とは違って重労働だからね。ご飯を炊くのも、洗濯もお風呂も、スイッチ一つじゃないよ。仕事はいくらでもあるけどさ。でも、芙美ちゃん、少しぐらい、外の空気を吸えばよかったね。確か、高校の時の先生が、自分の大学時代の恩師が、数学がよくできる子をさがしている、正式な職員じゃなくて、臨時の手伝いだけど、行ってみないかって。それも断ってさ。もったいないよ。」

「おばあちゃん、附属中学から高校でしょ。昔でもまわりの友達とか、進学したよね。」

「そうだよ。芙美ちゃんの仲よしで、女の子でも大学に行って先生になった子もいたよ。大きな銀行にお勤めした子もいたし。」

「おばあちゃん、進学しなかったこと、後々まで引きずったんじゃないかな?」

「わかってるじゃないか。」

お杉ちゃんは笑った。

「それと、息がつまったのはフキおばちゃんの方だったのさ。芙美ちゃんに家のことを任せて、旅行したこともあったよ。お寺さんの関係のお参りだけどさ。よく行ってたよ、フキおばちゃん。」

笑ってはいけないと思ったが、クスッと笑ってしまった。明治生まれの男勝りのフキさんだが、子育ては思い通りにならなかったんだ。




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