第21話

「消えた運転手……」

私がつぶやくとお杉ちゃんはうなずいた。

「庄助おじさんが出征してから、ふらっとあらわれた人だって母さんが言ってた。何か訳ありに決まってるって思ったらしいよ。でも、フキおばちゃんのことだから、何も聞かずに雇ったそうだよ。」

「何も聞かずにって、すごいね。」

私にはそんな度胸はない。

「フキおばちゃんの決まり文句があるんだって。

『うちは仕事きついよ。汚いものも運ぶんだよ。給料も安いけど辛抱してくれるかい。だったら、余計なことは聞かないよ。』だって。」

「それ、3K、ブラックじゃん。」

「それでも、雇っている人らと同じものを食べる雇い主は少なくてね。フキおばちゃんのところは昔からみんな同じ釜の飯を食べるって方針でね。だから大抵の人が長くいたよ。」

それはすごい。その辺の会社の社長さんに聞かせてやりたいものだ。

「本当に、短い間だけいた人だった。みんなシゲさんって呼んでたらしいよ。母さんの話だと、負傷して戦地から帰って来た人じゃないかって。フキおばちゃんより若かったって。足を悪くしてたけど、運転は器用にできたし、何より、度胸があって、頭のいい人で、その……」

「わかった。フキさんが、闇でガソリンを買う時に連れていった運転手でしょ。」

「そうだよ。フキおばちゃんの才覚とシゲさんの助けがあって、運送業を続けられたんだよ。」

「じゃあ、シゲさんはフキさんの恩人なんだ。その人の写真とかはないの?」

「残念ながらないよ。庄助おじさんが戦地から帰ってくると、何も言わずにいなくなったんだって。それから、フキおばちゃんは、いっさい運送業には関わらなかった。戦争が終わってから、庄助おじさんは合同でつくった運送会社の社長を辞めて、土木やら不動産やら新しい会社を始めたけど、それにもフキおばちゃんは関わらなかった。」

頼りにしていた人に去られて、フキさんはどんな思いでいたんだろう。

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