第16話
「母さんが言ってたよ。庄助おじさんが出征してからのフキおばちゃんはすごかったって。だってさ、女の身で運送業続けたんだよ。」
お杉ちゃんが生まれたのは昭和九年で、曽祖母の仕事ぶりを直接見たわけではないのが残念だ。
「母さんも詳しいことは知らないんだけど、っていうか、知らない方がいいってフキおばちゃんに言われたらしいよ。」
お杉ちゃんが声をひそめるのが面白い。
戦争中はとにかく物資が不足していた。運送業を続けるためにはガソリンが欠かせない。当然、お上から割当てられる分だけでは足りない。同業者のなかにも廃業するもの、トラックの台数を減らすものが続出した。
フキはガソリンを闇で手に入れ、運送業を続けたと言う。夜中に男性の運転手を一人連れて出かけるフキを見るたびに、お杉ちゃんのお母さんは、フキの無事を祈ったそうだ。
「でもね。」
と、お杉ちゃんは笑った。
「私のお父さんは、農家の長男だったからなのかね、戦争にはとられなかったんだけど、お父さんの二人の弟は出征したから、とにかく男手がなくて大変だったって聞いたよ。お母さんも朝から晩まで田んぼや畑で仕事して、舅と姑に嫌味言われて辛かったんだけど、フキおばちゃんを見てたら、気分がスキッとしたらしいよ。」
「あのさ、フキさんをいじめた姑さんと舅さんはどうなったの。」
私が口をはさむと、
「庄助さんが出征してから、相次いで亡くなったよ。フキさんはしっかり稼いでいたから、家政婦さんを雇ったって、ここらじゃ有名だったって母さんが言ってたよ。嫁のつとめをはたさないとか悪口を言う人もいたけど、母さんはフキさんに憧れてたよ。」
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