第22話 甘い作戦最終ミッション2
ピンポーン。
スマホが軽快な音を鳴らし、持ち主を呼ぶ。
「き、来たか!」
時刻は夕暮れ、約束通りの時間だ。彼の家はマンションなのだが、今は用意されたホテルの一室にいる。そうするように指示されたのだ。
スマホを見れば、『部屋を出てください』と短い指示文。それに従い、男は大きな荷物を抱きかかえ部屋を出た。出ると、またピンポーンとスマホに呼ばれる。
『ホテルを出て右に。まっすぐに進んでーー』
言われるまま、歩く。今から行くところは会員制のもので、場所がバレてはいけないのだと言われた。それにしても、これはまるで誘拐犯と被害者のやり取りではないか? そんなことを思いながらも、言われるまま歩くと、人通りのない小さな路地に出た。
ここであっているのか? もしかして騙されたんじゃ――。
「葉月正広様ですね、歩かせてしまって申し訳ありません」
「ーーひっ、は、はい! い、いや、大丈夫、です……」
いきなり、後ろから声かけてきたのは、ハスキーな声を持った仮面をかぶった美人、だった。仮面で目元を隠しているのに美人というのもおかしな話だが、その立ち居振る舞い、仮面の隙間から見える素顔は、誰しも彼女が美人であると想像されるに十分なものだった。
「お車へ。会場へとお送りいたします」
彼女が指さし方を見れば、運転手も女。辺りを見回すが他には誰もいない。仮に、何かあったとしても相手が女ならば何とかなるんじゃないか? そんなことを考えながら、彼は言われるまま車の後部座席に乗り込んだ。
「申し訳ありません。目隠し、させていただきますね」
「え? な、なんでっ」
焦る正広に、美人はにこりと微笑んだ。
「お客様は初めてですので、場所をお教えするわけにはいかないのです。あとスマホの電源をお切りになってお渡しください」
「……」
「拒否なさると、お連れすることが難しくなるのですが……」
ここは日本だ。しかも、自分は曲がりなりにも日本画家、葉月弥山の甥っ子だ。何かあればニュースになるし、そうなれば彼らだってことが大きくなるのを望まないだろう。それに、行かないと金が貰えない。
「わ、分かった」
少し考えた末、そう答え彼は電源を落としたスマホを渡し、腕にある荷物を握りしめた。すると、クスリと笑う声が聞こえる。
「大丈夫です、お荷物に手を出すことは致しません。スマホもちゃんとお返しいたしますので、我々を信用なさってください」
そう言われ正広はコクリと頷き、目隠しを受け入れた。
どれくらい車を走らせただろうか。
「到着いたしました。目隠しはどうぞそのままで」
車を居り、目隠ししたまま手を引かれ歩かされる。エレベータに乗せられて、やっと目隠しを外すことを許された。
両脇には先ほどの女性が二人で、正広はほっとした。エレベーターは地下3階で止まり、その扉を開いた。
「お待ちしておりました、当オークション館長の町田と申します」
恭しく頭を下げる男はネットで見たとおりの人物で、その事実は更に正広をホッとさせた。
「まずは商品を拝見しても? 写真での鑑定ではお客様を納得させられませんから」
そう言われ、正広は両腕で持っていた鞄に視線を落とした。それからゆっくりと町田に視線を合わせる。
「鑑定、ですよね? これは俺の叔父のもので、俺は葉月弥山の甥で、だからーー」
「承知しております。ですが、売るとなりますと鑑定書が必要なのです。うちに優秀な鑑定士が居ますので。ご心配でしたら鑑定作業をご覧になられますか?」
その申し出に、正広は大きくうなずいた。
自分が盗んできたからこそ、この作品を入れ替えられたらどうしようと心配しているのだ。自分に審美眼なんてものはない。入れ替えられたら見分ける能力も、自信も全くないのだ。
「こちらへ」と言われるまま、薄暗い廊下を歩いた。
「足元にお気を付けください。美術品に光は厳禁ですのでこの通り、照明は暗いのです」
町田の説明に納得しながら、細い廊下を歩くと自動ドアが開いた。オークションを行っている場所とは思えないような、現代的な雰囲気に一瞬混乱してしまう。
「最近の鑑定には、人の目だけではなく機械の力も借りるのですよ」と、町田が説明すると、奥から1人の黒縁の眼鏡をかけた若い男が出てきた。ぼさぼさな髪が顔を隠し、その顔はよく分からないが、背だけは高く正広は一歩下がってしまった。
「待ちましたよ。鑑定するものは?」
「え? あ」と混乱してる間に、正広は持っていた鞄を取られ手を伸ばす。その手を掴んだのは町田だ。
「大丈夫です、彼は若くとも立派な鑑定士、ご安心ください」
町田の声に、彼は鞄の中から掛け軸を5本取り出し、それを目の前の大きな台に並べていく。それからスキャナーのようなものを向け、鑑定を始めた。
「スキャナーで使われていた紙の年代を割り出したり、利き腕を鑑定したり、印章が本物であるかを照合いたします」
最終的には人間の目で行いますがね、と町田が説明する間、若い男は掛け軸の鑑定を進めていた。その鑑定もそれほど時間はかからず、男は掛け軸と正広の前に立って宣言した。
「本物と比べ多少輪郭の違いは認められますが、相剥ぎなので仕方ないでしょう」
「だ、だが本物だ! これはちゃんと俺が本人からもらったものだからな! その辺の複製とは違う!」
必死になってそう説明する正弘に、ぼさぼさ頭の男は「ですね」と肯定した。
「本物として出して問題ない。鑑定書も用意できるレベルだ」
その決定に、正弘はまたもほっと胸をなでおろした。
「疑うような真似をして申し訳ありません。こちらも信用第一の商売ですので」
「い、いや、私としても鑑定書がついたほうが……」
何かと便利だ。ここで売れなくても、よそで売るために。
「さて、それでは別室に手ご説明いたしましょう」
二人がその部屋を出ると、ぼさぼさ頭の男は「ふぅ」と息を吐き、手元のスイッチを切る。すると、今まであった機材のほとんどが消えてなくなってしまった。高性能なプロジェクションマッピングで、部屋の中を偽装していたのだ。
メガネを取り、男は「あ、やべ」と、自分の口元をぬぐう。
その手の甲には赤いリップ。
「ま、ばれてないからいいか。っつか、運転手からこんな演技まで、なんで俺がここまでやってんだか」
髪をかき上げれば落ちるかつら。セリフとは裏腹に、楽しそうに笑う工藤がそこに立っていた。
「もう出てもいい?」と言いながらひょこっと顔を出したのは桐谷だ。
「なんでお前が女装しねぇんだよ」
「だって、車の免許持ってんの兄ちゃんだけだし」
「だよな」
一応警察官。未成年に車の運転をさせるわけにはいかない。
「にしても、最近のプロジェクションマッピングは凄いね、全部本物の機材みたい」
カチッと、桐谷がパソコンのキーを押せば、この部屋はまた鑑定室に早変わりだ。
「ま、暗がりで開いても緊張してればな。で、スマホは?」
「そうだった」と桐谷は一台のスマホを工藤に渡した。
「ふふ、証拠は綺麗に隠滅しねぇとな」
そう言って、工藤は桐谷からスマホを受け取った。
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