第18話 甘い作戦1日目

「お邪魔しまーす!」


 元気よく挨拶出来た苺に、「礼儀正しいですわ」と褒める杏。


「初めまして。僕達クラスメイトなんです」と圭樹が自己紹介すると、玄関に出迎えた桐谷の母は、「まぁ!」と驚いた。


「不動にこんなお友だちがいるなんて! まあまあ、あがって頂戴!」


 その声に一同桐谷家の玄関をくぐった。


「いや、ってか友達くらい居るし!」

「そう? 最近、そんなお友達いなかったじゃない?」

「あのね、高校にもなって家に呼ぶとか滅多にないから!」

「そういうものなの? それでどちらが彼女なの?」

「はっ!?」


 驚く桐谷に、苺と杏は顔を見合わせて、


「どっちも違いまーす」


 と、にこやかに顔を横に振った。


「あら、残念。ハツカノかと思ったのに」

「ちょっ、ナニ言っちゃってんの!?」

「まぁ、桐谷君はまだ誰ともお付き合いしたこと無いんですね」

「そうなのよ、もう高校生なのに母親としては心配で心配で」


 真っ赤になって慌てる桐谷に、その母親と和やかに談笑する杏、その傍らで苺も笑うのだけど……。


「あ、あたしも付き合ったことない?」


 と、自分の身の上を振り返って呟けば、ポンと大きな手が落ちてくる。


「苺はいいの。だって自分より強い人がいいんでしょう?」

「うん」

「そんな人、滅多にいないから」


 そう圭樹が言えば、「ふふ」と杏も笑う。


「そうですわ。それに苺ちゃんは可愛いから全く心配いりませんわ」


 そんな会話に「……俺は?」なんて桐谷の声が聞こえたが、誰もがスルーした。


「それにしても正義ちゃんが教えなきゃいけない宿題なんて、最近の高校生は大変ねぇ。パソコンも勉強しなきゃいけないのねぇ」


 そう、今日はその名目で桐谷家に集合したのだ。ちなみに、工藤正義は桐谷母の甥っ子なのです。


「助かります。場所に家庭教師まで用意していただいて」

「ふふ、きっと正義ちゃんも嬉しいと思うわ。だって自分の得意分野ですもの」


 そう圭樹に答えながら、ドアをノックし「正義ちゃん」と声をかけドアを開けた。


「素敵な生徒さんがいらしたわよ?」


 ドアを開ければ、そこにはパソコンを前に座る工藤の姿があった。


「……生徒、ねぇ」


 そんな呟きに桐谷の母は「ん?」と首を傾け、圭樹は長い笑みを浮かべた。


「それじゃ、あとでお茶を持ってくるわね」


 そんなセリフに「お構いなく」と杏が答えると、ドアはゆっくりと閉じた。


「しっかし、高校生のくせにいいPC使ってんな? 不動」


 それを褒め言葉と受け取ったのか、桐谷は「へへっ」と笑う。


「で、デキは?」

「あぁ? お前、誰に向かって言ってんの?」


 工藤はそう言いながらキーボードを叩き、画面を一同に見せた。


「言われたとおり作ったぞ? 会員限定、美術品オンリーのオークションサイト。その責任者として、某美術館館長の『町田一志』」


 そこには杏の家の執事・町田の名前であるが、全くの別人の写真が出ており、杏はクスリと笑った。


「まぁ、町田が館長ですの? それにしてもしっかり化けてますわ。ですが町田の下の名前は次郎ですわ」


「後々似顔絵でもかかれると面倒だから変装を頼んだんだけど、予想以上だね。あと、苗字は珍しい名前でもないし、同じ方が呼ばれた時、違和感ないかと思ってね」


 変装した町田の写真を褒める杏と圭樹に、工藤は「おいおい」と水を差す。


「それよりサイトの出来を褒めろよ?」


 そう言われ、杏も「ですわね」と微笑んだ。

 こんな反応に機嫌をよしくたのか、工藤はサイトのあらゆるページを開いていった。


「一応、嘘くさくないように、実際の闇オークションから作品写真は引っ張ってる」

「げっ、マジで闇オークションってあんの!?」

「嘘だ、バカ不動」

「……」


 こうなると本当か嘘かは分からなくなってしまう。


「あら、これ。幻の曜変天目茶碗って、織田信長の?」


 映し出される画像に杏が食いつけば、圭樹まで「うーん」と唸る。


「本能寺の変で焼失したことになってるからなんだろうけど…、どうも嘘くさいよね。まぁ、天目茶碗自体はいくらでもあるし、ついこの間も曜変天目茶碗が発見されたってあったけど、実は中国で作られたレプリカだったって話もあるから、見分けるのは難しいだろうね」

「こんなん、圭樹んとこいっぱいあるじゃん?」


 そんな苺の言葉に圭樹は苦笑いしながら、「うん」と頷いた。


「天目茶碗は確かにあるね。今度展示されることがあったら、本物を静嘉堂文庫美術館に見に行こうね」


「分かった」と頷く苺に工藤は「待て待て」と割って入る。


「そんな話はどうでもいいんだ。このサイトのデキをだなぁ」

「うおっ、ウォッチ数増えた! これもしかして、マジ公開してんの?」


 驚く不動の頭にゲンコツ落として「阿呆か」と言い捨てる。


「そうなるようにプログラミングしてんの。っつか、ニセサイトなの! だけどリアルに見せるために、よそのオークションサイトとリンクさせて、出品物も動きも不自然さを完全に無くしてんの! ってか、公開するわけねえだろ? 公開するのは一人にだけ、だろ?」


 工藤の最後の言葉に、圭樹がニコリと微笑む。


「それじゃ、彼をここにご招待しましょうか」


 そう言われ、工藤も「OK」とキーボードを叩き始めた。


「なんかわくわくするね?」

「そうですか? わたくしなんてドキドキで心臓が張り裂けそうですわ」

「上手く行くといいねぇ」

「ってかうまく行かなかったら、警察沙汰だって! マジ困るから、それ!」

「うっせーぞ! 外野っ!」


 工藤に怒られ、三人は「はーい」と声を小さくした。


「まずはログイン情報からっと。よしよし、iPhoneで閲覧中ね。こいつ、全パスワードが同じで助かるわ。そんじゃ招待メールでも送りますか」


「どうやってそんなん分かるの!?」と、パソコンオタクの桐谷は興味津々だ。


「んー? こいつが見てるサイトにいく途中、ウイルスを食わせてやった。アプリとして表に出ないし、世の中便利だよなぁ?」

「なにそれ!? 俺にも教えってぇ!」

「犯罪だ、阿呆」


 ガツンと頭に拳骨を落とされ、桐谷は涙目だ。そんな彼など無視して、カタカタとキーb-ボードを叩く音が響く中、皆じっとモニターを眺めるが……。


「桐谷ぃ、喉乾いた」と、この状況に最初に耐えられなくなったのは苺。


「そうですわねぇ、みなさんでそれを眺めてもねぇ」


「……てめぇら」と文句を言ったところで、確かに彼女たちは役に立つわけでもない。

 結局、二人は桐谷の母からおやつをもらい、お茶を飲むことに。


「さて、メールは送ったがくいついたらどうすんの?」


 工藤の質問にピンポーンと答えたのは、パソコンだ。


「お、来た。はは、全部正直に個人情報を入力してるな、ある意味真面目か?」

「そうでなくては掛け軸の管理なんてできませんから。さて、次は信頼を得ること。彼の持っている掛け軸を買い取りましょう」


 圭樹の指示に工藤は「あん?」と声を上げた。


「おいおい、これがどれほどの価値があるものだとーー」

「最近の作家の掛け軸なら、良いものでも数万になればいい方ですわ。けれど、今回は人間国宝の候補にも上がった御仁・葉月弥山はづきみせん。とはいえこの作品でしたら30万くらいでしょうか?」


 にこりと笑う杏に、工藤は険しい顔をする。


「俺はそんな金もってねぇぞ?」

「あら、わたしくが出しますから問題ありませんわ」


 さらりとそんなことを言うものだから、驚く工藤に桐谷が説明した。


「あー、正義兄ちゃん、こいつお嬢様。一ノ瀬杏、一ノ瀬グループの一人娘なんだよ」


 その説明に納得して、深いため息をついた。


「ったく、世の中って不公平だよな? お前にしてもSPが付くほどのボンボン、その友達はお嬢様かよ」

「それなりの苦労はありますわ。けれど、羨ましがられるのは気分いいですわね」


 こんな風に堂々と言われてはーー。


「はっ、俺の負け! 降参! そんじゃ次の作戦に移りましょうかね、お嬢様」


 工藤の態度に、杏はにっこり笑って「えぇ、よろしくお願いいたします」と答えた。




 結局、こちらの提案に葉月正広の答えは『一日考えさせて欲しい』というものだった。


「よそのオークションで、もっと高く売れると思ったのかな?」


 苺の予想に「それもあるだろうね」と圭樹が相槌を打つ。


「それもありますけど、焦らしてるとも考えられません?」


 そんな考えに苺も「なるほど」と頷いた。


「どちらにしても、彼は確実に売るよ。ここからが本番だね」


こうして作戦一日目は終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る